01.An encounter in wind


「ん……」
もぞもぞとは手を動かし、目覚まし時計を布団の中へと引き込む。
僅かにうとうとしながら、時計の針を見ると本来ならもう起きていなければいけない時間になっている事に驚き、飛び起きる。
「え…!?やだ、嘘!」
ベッドから飛び起きるとは慌てて洗面所へ移動する。
この春から高校生という事では親元を離れ、一人暮らしを始めていた。
まさか、初日から遅刻する訳にはいくまい。
届いたばかりの、真新しい制服に着替えるとは朝食もそこそこに飛び出していった。
BC学園までの道のりをはわき目も振らずに走っていく。
体力に自信はあるが、まさか朝から全力疾走する羽目になるとは思いも寄らなかった。それも朝食抜きで。
ヴォン
の横にバイクが横付けされる。
「乗れよ、と」
「な!」
「その制服、BC学園だろ、と。俺もそこに用事があるからついでだ、乗っていけよ、と」
真っ赤な髪にゴーグル、着崩した学ラン。何より、左胸にある校章は正に今自分が行こうとしている目的地と同じもの。
遅刻するよりはマシ、と腹を括っては後ろに座る。
「お、お願いします!」
「おう。ま、振り落とされないようにな、と」
自分で乗せておいて酷い事をさらりと言う。
けたたましいバイクの音と振動で運転者にしっかりと捕まっていないと本当に振り落とされそうになる。
「ほい、ついたぞ、と」
校門から少し離れたところにバイクは一度停車する。
「あ、有難うございま…す」
校門には入学式の三文字。
「早く行きな、と」
ひらひらと手を振って彼はを見送る。
ぺこりと頭を下げて校門から中へ入るを見てレノは舌打ちをした。
「ちっ。名前聞き忘れたぞ、と」
高校と大学が併設しているこの学校で名前も知らない人に偶然逢うのは至難の業だった。
捜せば(相手が捜してくれれば)別だろうが。
バイクにまたがり、煙草に火を点け、紫煙を吐き出すと校門の方ががやがやと五月蝿い事に気付く。
一瞥すればそこには防犯対策はばっちりな黒い車が滑るように入ってきた直後だった。
「何だ何だ、ありゃ」
私立で有名な学校なため、金持ちの子供達は数多く通学しているが、あそこまで物々しい車で登校してくる人物は居ない。
「レノ」
「よ、ルード」
煙草を咥えたまま、にっと笑う。
「あれは……理事長の娘だろう。確か別のところに入学が決まっていたらしいが急遽こっちへ移ったらしい」
「詳しいな、と」
「…前、資料に書いてあっただろう」
呆れた奴だ、と言わんばかりにルードは深々と溜息をつく。
その車から降りてきたのは亜麻色の髪を高い位置でポニーテールにした少女。
何処から見てもお嬢様のその少女は車のドアが閉まるのも待たずに校舎の方へと歩き出した。一瞬にして騒々しかった周囲を静寂へと変えたまま。
昇降口でただ一人、ローファーから指定の上履きに履き替えると彼女は真っ直ぐ理事長室へ足を進めようとした。
「……忘れた」
それは何気ない一言。
多分、今までの彼女なら無視していたであろう一言。
何故か、とてつもなく惹かれて。
「ねえ」
「は、はい?」
「よかったら、使って」
「え?」
今まで履いていた上履きを脱ぐと彼女は前に置く。
「新品だし、大丈夫よ?」
「でも、貴方はどうするんですか!?」
「私?私は大丈夫」
にっこりと彼女は微笑む。
「あの、洗ってお返ししますから!私、っていいます!」
。……いつでもいいわ、気にしないで頂戴」
何気ない出逢い。これが永く続くものになるとは誰もまだ知らない。

レノ曰く、つまらない入学式は新入生代表でが挨拶し、幕を閉じた。
今はまだ高校と大学しか併設ではないが、いずれは小中高大学まで併設しようとしている学校なだけあり、クラスも運動部系・文科系など、入学が決定してから答えさせられたアンケートによってクラス分けがばっちりされていた。
それぞれの部類でA組から多いところではZ組まであるといわれている。
総合学習クラスに籍を置く事になったが職員室で担任と顔をあわせ、僅かに困惑した表情を浮かべていた。
「一学年の学年長をやってもらいたいんだが……」
「私なんかじゃ勤まりません、先生……」
困ったな、という表情をしては視線を泳がせる。
「いや、君なら大丈夫だ」
半ば強引に押し切られるように、は頷くしかない状況にまで追い込まれていた。
そして手に渡されたのは一枚の紙。
「理事長室へ行ってくれないか?」

ちょうど同じ頃、理事長室でも一波乱を巻き起こしている生徒が居た。
、上履きはどうした」
「忘れたのよ。仕方ないでしょう、人間ですもの。忘れる事くらいあるわ」
にっこりとティーカップ片手にが言い放つ。
「親に断りもせずに高校をいきなり変えるとはどういう了見何だ」
「……お父様にここに通いたいって言ってすんなりと通わせてくれるとは思いませんでしたもの」
やはり、しれっとした口調では言う。
二人の間に沈黙が流れ始めた頃、こんこんと控えめにドアがノックされた。
短く理事長が返事を返すとそこに立っていたのは、ヴェルドとツォンだった。
理事長の他にソファに座っているを見て思わず眉根をひそめ、ヴェルドは小さな溜息をついた。
「しっつれーします、と」
「失礼します」
「あれ?理事長の娘さんじゃないですか、と」
レノが目ざとく言葉に出す。
、よ。よろしくね、先輩」
ティーカップを置いてがにこやかに手を差し出す。
不思議なもので朝見た少女と今目の前に居る少女が同一人物だとは到底思えなかった。
近くで見れば見るほど確かに美少女。
「失礼致します、理事長」
開いたドアの先には、ヴェルドとツォン、そしてが居た。
「うろうろしていて紙を持っていたので…」
「あら」
「あ!さん!」
「これで全員か?」
ヴェルドがざっと見回す。
、レノ、ルードが所狭しに立っている。
「裏生徒会へようこそ、新一年生の二人」
ツォンが二人に携帯を手渡す。
「何ですか?」
「これで指令が届く。常に電源をオンにしておくこと、いいな?」
不思議そうな顔をして顔をあげたにレノが口を挟む。
「裏生徒会、別名・タークス。ま、学園内の揉め事を秘密裏に処理するって思えばいいさ、と」
「え?え?」
「そのうち、判る」
携帯を鞄にしまうとはレノを見て深々と頭を下げる。
「あっ!!朝は有難うございました!」
「おーう。間に合ってよかったぞ、と」
くしゃくしゃとレノがの頭を撫でた。
こんこん
「失礼します、こちらに教頭は……」
顔を覗かせたのは校長のルーファウスだった。
「あら…ルーファウス」
が一瞥し、笑みをす。
「……何か」
「相変わらず容姿端麗ですこと。何考えてるか判らないところも、いつものことですのね」
「理事長の御令嬢がまさか我が学園に入学されるとは思ってもいませんで…気の利いた祝辞が述べられなくて申し訳ない」
「あら。貴方の学園じゃありませんわ。…お父様の学園ですわよ?」
うふふ、とが笑う。
「ははは。相変わらず口達者で」
段々空気が冷えていくのを肌で感じたヴェルドが流石に口を挟んだ。
「それで校長、何か私に用事があったのでは?」
「ああ、そうそう……。今度の新入生歓迎会の事で……」
「判りました。では、校長室で話の続きはお聞きします」
これ以上空気が冷たくなるのを阻止するようにヴェルドはルーファウスを連れて理事長室を出て行った。
足音が去り、はぁぁぁぁ、とレノが大きな溜息をついた。
「何かあった場合、私かヴェルドから指令を出す。とりあえず今日は解散」
ぱん、と手を打った。
「失礼しましたぁ、っと」
を残し、理事長室から全員が退散した。
「…余り、あれをからかうんじゃない」
「ルーファウスの事?」
「あぁ。ああ見えてあれは……」
「ご心配なく、お父様。余り苛めたりしませんわ」
そういいながらは楽しそうにもう一度「ふふふ」と笑いをした。

To Be Continued