手繰り寄せて抱きしめて
「何?忙しいんだけど、早くしてよね」
遅刻5回目の代償に中庭掃除をさせられていたの耳に雲雀の声が届いた。
勿論、声は中庭からしたのではなく、屋上から。
「これ、読んでください…」
聞こえてきたのは、か細い、それでも透き通るような少女の声だった。
(まーた告白かい)
雲雀が告白されるのは異様なものではなかった。群れるのが嫌い、な雲雀ではあるが理不尽な理由から女生徒は殴ったりしない。そういうところがいいのだ、とクラスメートも熱をあげていた。
「悪いんだけど、付き合ってる人いるから」
その言葉にも凍りついた。
放課後。
いつもと同じ風景なのに、何故か、遠く感じる。
応接室のドアを開けて、其処には執務机ではなく、ソファに座って黒い表紙の帳簿を開いている雲雀の姿。
夏服のワイシャツに風紀の腕章をつけて、ちょっと寒く感じる応接室の中でソレを開いて読んでいる。
「何してるの?」
視線に気付いたのか、顔も上げずに雲雀は言葉を紡ぐ。
「書類の片付け、に、来たんだけ、ど」
「走ってでも来たの?声、かすれてる」
小さく何度か深呼吸して、は必死に笑顔を作る。
それでも顔を上げずに、雲雀は一枚ずつ綺麗な動作でページを捲っている。
「僕、先に帰るけど、鍵はかけておかなくてよいから」
ぱたり、と閉じた音がした。
「あ、うん」
その返事は雲雀が閉めた応接室のドアの音と一緒にかき消された。
こんな事は初めてだった。
今まで用事があるときはを先に帰させ、決してを一人応接室には残したりしなかったというのに。
(聞き損ねちゃった…)
雲雀に告白した少女が泣きながら、雲雀に付き合ってる人が言われた、という話はあっというまに全校に伝わった。中には、あれは告白を断るためのものでしょう?という生徒も居たが、大半は雲雀の言葉を信じていて。
その狭間では揺れていた。
雲雀には勿論、周囲に雲雀が好きだといった事はない。付き合いたい、とか、そんな大仰な事は望まない。唯、卒業するまででもいいから傍に居させてほしいというのがささやかな願い。
マホガニーの机に突っ伏すと冷房で冷やされていた御陰か、ひんやりと肌を冷たくさせる。
…あの身体に抱き締められる女がいるって事だ。
…あの声に特別に呼ばれる女がいるって事だ。
…あの雲雀に、愛してると呟く女……。
…あの雲雀が、愛してると呟く女……。
「本当、なのかな。本当、何だよね」
誰もいなくなった、応接室で小さな声で呟く。
胸の奥に詰まる、どろどろとした感情をどう説明すれば判らず、はこみ上げる涙を必死に堪えようと唇を噛み締めた。
それでも漏れる嗚咽にどうしようもないくらい、雲雀が好きだと気付かされる。
中庭で掃除をしていなければ、きっと聞けたのだろう。
例え、その結果が事実だったとしてもは受け入れられた。
間接的に知ってしまった、その事実はどうあっても受け入れられない。
窓から差し込むオレンジ色の夕陽が応接室の色をオレンジへと染める。
暗い道を歩きながらは小さく溜息をつく。
結局、書類の整頓など終わらずに言われたとおり、鍵をかけずに応接室を後にした。
今まで応接室に入れる女生徒は居ず、特権のように感じていたあの行為も哀しさを助長させるだけのものとなった。
何度目だか判らない溜息。
家の前に誰かが立っていた。
玄関のところではなく、駐車場の門柱に寄りかかって立っていたその人物には思わず息を飲む。
「ひ、ばり?」
「遅いよ」
門柱から身体を離して雲雀がゆっくりの元へ歩いてくる。
遅いと言っても時刻的にはまだ八時前。
「そんな事…。いつもこれくらいじゃない」
「今日は僕がいなかったでしょ。遅い」
「…御免」
嗚呼、そうだ。
いつもは雲雀がわざわざバイクで遠回りして家まで送ってくれていた。
「?」
でもそれももう叶わない。
「一つだけ、聞かせてほしいの」
どうせ叶わない恋だったのだ。
プライドも全部かなぐり捨てて、は雲雀に真っ直ぐ視線を向けた。
たとえ、どんな結果になろうとも。
たとえ、もう雲雀の前で笑顔を見せることが出来なくなろうとも。
「雲雀、付き合ってる人がいるって聞いたんだけど…!」
しん、とした静寂。
住宅街特有の家族の声が家の中から聞こえてきて、居た堪れない気分になる。
「いないよ」
「だって今日屋上で…!」
「居たの?」
「中庭に居たの」
「あんなの、告白を断るための手段だよ。大体、僕は好きな人がいるしね」
一難去ってまた一難。
目の前が暗くなる感覚を憶えた。足元がぐらぐらと揺れる。
ぐっと腕をつかまれて引っ張られ、足元が揺らいだ。すっぽりと収まるように雲雀の腕の中に抱き締められる。
「気付いてないの?」
「何が!?」
黒髪に、黒い瞳が闇の中に溶け込むように同化する。
「僕は嫌いな女に応接室には入らせないよ」
ゆっくりとした動作で雲雀はの耳元に唇を寄せる。
「ねえ、僕と付き合いなよ」
その言葉には思わず頷いた。
手繰り寄せるように噛み付くようなキスをされて、ゆっくりとは雲雀の背中に手を回して雲雀を抱き締めた。
何でこんな回りくどいことをしたのかって?そんなの、君に危機感と、そして、自分の気持ちに気付かせるためのものじゃない?
FIN
Men In Black Project!様へ捧げさせていただきました。