望郷に咲く赤い


「え!?これ、誰ですか!?」
「この赤い髪……レノ先輩ですか!?」
たんったんっと快調に階段を一段飛ばしで上がっていたレノの耳にとイリーナの声が届く。
「倉庫を掃除していたら入社当時の写真が出てきてな…本人の承諾なしに燃やすのも悪いだろう?」
「まだ真面目にネクタイしてるんですねぇ」
「こんなにあるんだもの、一枚くらい貰ってもバチ当たらないですよね…」
こっそりとが胸ポケットに写真を忍ばせる。
「おはよーございます、と」
「あ、レノ先輩」
「ツォンさんにルードまで集まって一体何の悪巧みだ、と」
ひょいっとレノがテーブルの上を覗くとそこには入社当時散々撮られた写真の山があった。
真面目にネクタイを締めている写真から、それこそ昼寝中、銃の射撃練習中の写真から……。
「なっなっ」
「倉庫の中に眠っていたのを引っ張り出したんだ。好きにするといい」
それだけ言うとツォンは踵を返し、デスクへと向かった。イリーナもそのあとを追うようにしてデスクへ戻る。はというとやけにこっそりとしながらデスクへ行き、膨大な紙の束を持ってそそくさと総務部調査課を後にしようとする。
?」
「なぁに?」
「その胸ポケットに入れたものを俺に返すんだ、と」
「い・や・で・す」
資料と思しきものを片手には調査課を飛び出していった。
「待てよ、と!」
電磁ロッド片手にレノはの後ろを追いかけ始める。
「…さぁ、仕事だ」
ツォンの冷たい言葉が静かになった部屋の中へ響き渡った。


階段の手すりを使い、滑るように降りていき、レノはを見失った。見知っているところに逃げてくれればいいが女子トイレにでも逃げられていたら人間性を疑われる結果になってしまう。一度追跡するのをやめ、レノはロビーの目立たないところのソファに座ると持っていた煙草に火を点けた。すぐに先端に火が点き、白い煙が立ち込める。
何人かちらちらと見咎めるようにレノを見ながら足早に通り過ぎていく。黒スーツの御陰か否か。誰もレノに意見する者は居ない。最も禁煙スペースじゃないのだから咎められる事などないのだが。
(くっそ…)
デスクに散らばっていた写真はどれも入社当時のものだった。もう何年前になるのか判らないくらい昔のもので、あの頃はまだやんちゃだった。隠れてクスリもやったし、打つ・飲む・買うは日常茶飯事だった。
それに。
あの頃はまだ電磁ロッドじゃなかったし、失って怖い存在の恋人も居なかった。
「レーノ」
!」
「どうしてこの写真に拘るの?私、レノの昔って知らないから知りたいだけなのよ」
「過去の俺より今の俺の方が触れるし、いいじゃないか、と」
「気になるのよ。タークスの一員として、同僚としてじゃなくて、恋人の立場としての私が、貴方の過去を知りたがってるの」
ね、だから教えてくれる範囲でいいから教えてよ。と甘い声でレノに囁く。
ちょっと上目遣いに下から覗き込むようにされるとレノは本当に甘い。理性が揺らがないのが不思議だ、と自分自身に問いかけながらレノはの肩に手を回す。
「耳貸してみ、と」
素直に顔を近づけると急に耳たぶに生暖かい舌の感触。
「ひゃあああっ」
「俺を捕まえられたら話してもいいぞ、と」
舐められた耳を押さえ、顔を真っ赤にしているを尻目にレノは咥え煙草のまま神羅ビルを出て行った。
過去何てどうでもいい。
ゴミ以下の生活をしていた者が居る何て、きっと彼女は知らないのだろうから。
彼女のように温室の中で育った人間に、明日さえ知れぬ生活をしている者が居る何て、判らないのだろうから。
はすぐにレノの後を追ってきた。
「…レノ!待って、レノ!」
往来で名前を呼ばれるのにはまだ抵抗があるぞ、と。
などと呟きながら、レノは振り返ってを待つ。レノの前で肩で息をしながらは胸ポケットに入れてあった写真をレノに渡す。
「…これ、返すね」
渡された写真を受け取るとそこには入社仕立てで今のような素行不良じゃなく、屈託のない笑みを浮かべている自分が居た。
この頃はタークスに入れた事もあまり嬉しくなくて。
かといって、神羅を飛び出すだけの力があった訳でもなくて。
ただ、毎日を死なないように…いや、死んでもかまわないくらいの感覚で過ごしていた。
「レノ。レノが喋りたくなったら、私にレノの昔のこと、教えてね?」
「これから行くところがあるんだが一緒にどうだ、と」
指でくるくると車のキーを回しながらレノはの腰に手を回した。
「べ…別にかまわないけど……何処に行くつもり?」
「なぁに。…ちょっとな、と」
大人しくは車の助手席へ乗り込んだ。シートの上で膝を抱えるように座る。何度言ってもこの座り方をやめない。幸い、この世界は道路交通法なんていうものはないから、どういう乗り方をしても別段構わないが。
滑るように車は走り出す。
プレートの下、自然の光何てささない道路をスラム街に向かって。
途中、花屋の前で花束を買い、小さな雑貨店の前に停まって両手に沢山のお菓子を買ってそれを無造作にトランクへ押し込んだ。
「……に俺の過去を見せてやるぞ、と」
最終的な目的地はスラム街だった。
それも、とびきりタチの悪いタイプの。
「俺から離れるんじゃないぞ、と。ここはタークス何て通じないんだからな、と。通じるのは力だけだぞ、と」
薄暗い路地をまっすぐに迷う事無く、レノは歩いていく。その後ろをスーツの裾を軽く掴んだ状態でもついていく。
ばっと薄暗い路地裏に光が差し込む。
それは、人工で作られた光。
あまりの眩しさに目を半開きにしたまま硬直していると周りからクスクスと含み笑いの声がした。
「隠れてないで出て来いよ、土産だぞ、と」
わっと音がしそうな勢いであちらこちらから子供達が飛び出てきた。服は擦り切れ、靴もなく、それは、如何に世間知らずのが見ても判る、生活水準の低い子供達。
レノに纏わり付き、お菓子を奪い合う子供達。
「レノ兄ちゃん!」
「おーう。元気だったか、と」
「皆生きてる!」
「そうか、ほら、これ爺さんに食わせてやりな、と」
「有難う、レノ兄ちゃん」
ひらひらとレノが手を振って男の子を見送る。
レノに纏わりついていた子供達もいつの間にか離れ、じっとを見つめている。花を包んだセロファンにぽたぽたと落ちるものを見つめていた。
?ど…どうした!?」
「ち…違…。何でもない…です」
「兄ちゃんが泣かせたー」
「兄ちゃんが悪いことしたー」
「何もしてないだろ、と!」
くい、とのズボンが引っ張られた。女の子がそこには居た。にっこり笑って何かを差し出している。
「…くれるの?」
「あげる」
「有難う…っ」
女の子の掌には大きな、でもの掌には小さな飴玉。包んであるセロファンを剥がすと苺味の飴が包まれていた。お礼に、とレノが買った花束から綺麗な花を一輪選び、女の子の髪の毛に飾る。
バイバイと手を振って女の子は嬉しそうに走っていく。
「…此処は捨てられた子供達の住処何だよ、と。俺は生まれて捨てられてここで育ててもらったんだぞ、と」
何でもないようにレノは言う。
「此処で育ったのを俺は誇りに思っているし、幸せだったとも思ってるぞ、と。だけど」
の方をむいて、レノは哀しそうな瞳で言う。
と居る今が俺は幸せだから、昔はもう思い出にしたいんだぞ、と。でも思い出にしたって捨てられないんだけどな、と」
だから、週に一度はこうして差し入れに来るし、とレノが付け足す。
「今じゃタークスが…家族みたいなもんだと俺は思ってるんだぞ、と」
照れたようにレノは言葉を捜しながら紡ぐ。
「こんなところで育った俺は、嫌いか、と」
「…馬鹿ね…。レノが何処で育ったって関係ないわよ!私はレノだから好きなの!」
確認しあうようなキスは、苺の味がした。


「この花束は?」
帰りの車の中、行きと同じように車に乗りながらはたずねる。
「それはにプレゼントだぞ、と」
「ありがと、レノ」
信号で停まったレノの耳の近くで「また一緒に連れてって」とが囁いた。

FIN