It is necessity accidentally. It is a piece of accident story in love.


“ツォン。悪いんだがこれを届けてくれないか”
朝出勤したツォンのデスクの上に置いてあるファイルに書かれたヴェルドの綺麗な文字に、ツォンは苦笑しながら二枚目のメモを見る。
一枚目には書き忘れていたのだろう、一枚目より僅かに走り書きした跡が見受けられる文字に書かれていた、都市開発部門の六文字。それを見て眉根を顰めたツォンは朝の爽やかな空気を忌々しそうに、そして切り裂くように持っていたカバンを乱暴に椅子へ投げつけた。
(…別に主任が悪いわけじゃない)
そう思いながら、神羅カンパニーの廊下を歩く。
まだ朝は早く、出社している社員の方が少ないくらいだ。時折、擦れ違う、社員と朝の挨拶を交わしながら都市開発部門の統括責任者である、リーブが来ていないことを祈る。
重苦しいドアを開けるとまだ薄暗く、誰も来ていないことは明確だった。ほ、と胸をなでおろしてツォンは目当ての机の上に置いてあったファイルを置いて、
“ヴェルド主任からお届け物です”
とだけ書いたメモ用紙をぺたりと貼り付ける。
そしてそのまま、何事もなかったかのようにその部屋を飛び出した。
何時からだろう。
リーブの事を考えるだけで胸の辺りがムカムカする。吐き気とか、そういうのではなく、ただ、単にムカムカする。
それは別に、リーブが悪いわけではないだろうが。現にリーブはツォンに対して何か意地悪いことをしたとか、そういう事は一切ないのだから。
何か原因があった気もしないではないが、それが思い出せない。
タークス本部へ戻るとそこにはヴェルドが居た。
「おはようございます、主任」
「わざわざすまなかった」
「いえ……お急ぎだったのでしょう?」
珈琲淹れますね、と給湯室へツォンは足早に消える。
時間があればインスタントよりフィルターで抽出した珈琲を出したいところだが、それも叶わず、仕方なくツォンはインスタントの珈琲を二つ持って給湯室から出てきた。
一つを自分のデスクに置くともう一つをヴェルドのデスクの上へ置く。
「ああ、すまない」
「いえ」
朝の静寂が耳に痛いほどに浸透してくる。
何も入れていないブラックの珈琲がさっきまでのムカムカを消し去るように身体の中へと消えていく。
よくよく考えれば、とツォンは呟く。
何もされていないのだからリーブに対して変に怒るのはおかしいんじゃないか。何もされていないどころか、直接話をしたことだって皆無に等しい存在の相手に、何をそんなにむかついているのだろう。
はて?と首を傾げたツォンの耳に静寂を突き破る電話のコール音が響いた。
携帯ではない。内線電話だ。
慌てて自分の机の上の電話を見るが着信ランプは光っていない。音が止み、ヴェルドの声が静かなタークス本部へ響く。
「始業までには戻る」
そう言い残してヴェルドは珈琲を一気に流し込んでタークス本部を出て行った。
「おはようございます、と。…ってあれ、ツォンさんだけですか、と」
「私だけじゃ不満か?」
くつくつとツォンは笑う。
ルードは昨夜から任務先に泊まりで居ない。
他のメンバーも諸々任務先に行っていて、早い者でも明日にならないと帰ってこないだろう。
「ツォンさんは今日は任務ないんですか、と」
書類で溢れている自分の席に座るとレノは煙草に火を点ける。
「ああ、今日は入ってないな。いきなりの任務があれば別だろうが」
ふと思いついて、ツォンはゆっくりとレノの方を向く。
「少し聞きたい事があるんだが」
「何ですか、と」
「ある人物を思い浮かべるとムカムカするんだが、何だろうか」
「………恋?とか」
や、まあ俺は本気で言ってるんですけど、と。とレノは煙草を蒸かしながら言う。
飲んでいた珈琲を吐き出しそうになるくらいに驚いてツォンは目をぱちくりさせながらレノを見つめる。
「殆ど話したことがない人でもか?」
「時と場合と相手にもよるんじゃないんですか、と。
偶然に必然。恋愛には一点の偶然もありえないらしいですよ、と」
まあ、これは俺の持論なんですけど。といいながらレノは煙草の灰を灰皿の中へと落としていく。
「なるほど、判った」
「で、ツォンさんの気になる相手って誰なんですかー、と」
「レノ……」
「はい?」
「たまってる書類を全部今日中に片付けられたら教えてやらない事もない」
「酷いぞ、と」
笑ってツォンが自分の書類に手を伸ばした刹那、内線電話が再び鳴り響いた。
ヴェルドのデスクの上の電話の着信ランプを確認してツォンが受話器を持つ。
『…あれ?ヴェルド、居ないん?』
「申し訳在りません、主任は今ちょっと出ていまして」
声が震える。
声が上擦る。
『あー、そうか。じゃあ、仕方ないわな。さっきのファイル、一枚ページが抜けててん。それがないと判らんくて』
「ページ……抜け…ですか。主任が戻ってからじゃ遅いのでしょうか。始業までには戻ると言ってましたが」
『あー……まあ、どうにかしてみるわ。ヴェルドが戻ってきたら伝えておいてや』
ツーツーという音がツォンの耳に残る。
ひらひらと一枚の紙をひらつかせながらレノがツォンの肩をぽんぽんと叩いた。
「これじゃないんですか、と」
「混ざってたのか」
「みたいです、と。今のリーブ部長でしょ?」
「あぁ。ちょっと渡してくる」
レノから受け取りタークス本部を出て行こうとしたツォンをレノが呼び止める。
「眉間、皺よってます、と」


こんこんと軽いノックの後、聞こえてくるリーブの声にツォンは無意識に緊張した。
「失礼致します。もしかして、お探しの書類はこれではないでしょうか?」
さっき来たときより、リーブがいるせいか暖かい空気になっている都市開発部門の中を歩く。
リーブに手渡し、返答を待つ間、物凄く時間が長く感じられた。
「これや、これ。ほんま助かったわー」
心底ほっとしたというような笑顔のリーブに思わずツォンの頬が緩む。
朝までムカムカしていたものが今は出てこない。
「わざわざすまへんかったなぁ」
ああ、そうか。
この喋り方の所為だ。
ヴェルドや気を許した人物にだけ出てくるこの喋り方がツォンにはなかった。それがツォンには苛立ちの原因で。
つまり、それは……。
(……まさか)
「ツォン?」
「へ!?は、はい!?」
ぼんやりとしていたツォンの視界にリーブの心配そうな顔が飛び込んでくる。
「聞いてた?」
「も…申し訳在りません」
「二度手間させてしまったお礼に、今日の夜、暇やったら夕飯でもどないですか、って言ったんやけど」
「!?
二度手間と言いますが、今回のは私共の不注意ですし!お礼などしていただく義理がありません!ですので、ご辞退させていただきます!」
ぺこりと頭を下げて足早にリーブの許から去ろうとしたツォンの腕をリーブが掴む。
リーブにしな垂れるような形で捉えられる。
「じゃあ、言い方を変えよう、ツォン」
至近距離から目線を射抜かれてツォンは喉を鳴らした。
声の質が一段下がり、二人以外誰も居ない部屋の中に声が響く。
「ツォンと一緒に夕飯、食べたいんやけど?」
真剣な眼差しに顔が熱くなるのを感じた。
「それともツォンは私とは一緒に夕食を食べたくない?」
少し困った表情に、ツォンがくす、と笑いをこぼした。
「降参です、部長」
視線を交じあわせたまま、ツォンは言う。
「その申し出、確かにお引き受けいたしました」
その言葉を聞いてようやくリーブはツォンを解放した。
都市開発部門と書かれた扉から出るとツォンは小さな溜息をつく。
悔しいが、レノの言う通りらしい。
あのむかつきはリーブが嫌いだったわけではなく、リーブが自分に対して気を許さない喋り方をしていたのが許せなかっただけらしい。
それはつまり。
(……私は主任やその他の人に……嫉妬していたという事か…)
すっと胸の痞えがとれて、ツォンは晴れ晴れとした表情でタークス本部へと足を急がせる。多分、つくまでには顔の赤いのもとれるだろう。
相手の気持ちは多分、自分には向かないだろう。
そう思いながら、それでも夜の事を考えるとつい浮き足立ってしまった。

FIN


☆おまけ☆

「ツォン、ほんま堪忍。待ったやろ?」
終業時間を三十分ほど過ぎた頃、リーブは神羅カンパニーの入り口に立っていたツォンを見つけ声を掛けた。
「いえ、全く。私も今来たばかりですので」
全身漆黒のツォンの手を無意識に握り締める。
「部長!?」
「……このまま手を離したら、闇に融けてしまいそうやなぁ…」
男性にしては細いその指を絡ませて、リーブは小さな声で呟く。
外はもう薄暗く。
人はまばらで誰も見ていない。
「意外にロマンティストですね」
「冗談やろ。こう見えてもリアリストやで」
「……?だって」
「ツォンやからそう言うてるんや。一番最初、目にしたときからずっとそう思うて…」
離したくない、と思った。
出来るなら、ずっとこのまま。
「ここから先は私の独り言です、部長」
薄暗い道を手を繋ぎながら歩く。
「部長が好きです」
多分、顔色までは見えないだろう。だから言わせて下さい。
「って言っても、自覚したのは今日です」
ずっと前からこの想いは抱いていたようです。嫉妬と云う陰に隠れて気付かなかっただけで。
それはきっと自分の自己防衛本能だったのだろう。
嫉妬と云う陰に隠れていなければ。
思い切り気付いてしまっていたら、きっと。
…狂ってしまっていた。
「私も好きやってんけどな……それも、かなり昔から」
「は!?」
手を繋いだ状態でツォンが大きな声を出す。
「せやから、冷たい態度もとったんやけど。…気付かれたら終わりやし」
最も、と呟いて、リーブはツォンの耳元で囁く。
「喋ってるトーンが違うってヴェルドには、早い段階からバレてよった」
リーブがくすくす笑う。
「……主任にも部長にも、本当に敵いませんよ……」
呆れたような言い草にリーブが不安そうな瞳で覗き込む。
「怒っているわけじゃありません。安心してください。
……夕飯、何処でご馳走してくださるんですか?」
一度言葉を止めて、手を解いて。
漆黒の中に一瞬だけ身を投じ、くるりと振り向いて手を差し伸ばした。
「実は私、結構おなか空いてるんです。
…リーブ」
リーブは頬が緩むのを必死に堪えながら、その手を掴む。

おまけ FIN





14000、踏み抜きおめでとうございます〜〜〜っ。
『両思い前提のツォン→リーブ』だったのですが、こんなんで本当に申し訳在りません……っ!
書きながらにやにやしてしまって……!
色々とお世話になっておりますが、見捨てないでやってくださいませ(笑)

月城零