Want to see you


家の一人娘がパーティ会場で襲われ、バルコニーから落下した事件は大々的に報道された。勿論、報道規制はしたがパーティに出席した人々の記憶は止められないということだ。
「お嬢様。お花が届いておりますが」
「…有難う。適当に活けておいて頂戴な」
メイドが持っていた真紅の薔薇を見てはっとなる。
あの時、助けてくれたのは誰だったんだろう。そればっかりが頭の中を過ぎる。
バルコニーへ飛び込んできたのはルーファウス=神羅。
それは知っている。それ以上にバルコニーの下で受け止めてくれたのは、誰だったんだろう。
「お嬢様、カードがついておりました」
「あ、有難う」
性格を物語りそうな丁寧な字で、具合は如何?という文章が書かれていた。そしてその下には電話番号。
(…ここに電話したら何かがわかる…!?)
無我夢中では受話器を取り、その番号を押していた。
何度かのコール音の後、気だるそうな声がの耳にへ届く。
「ミスター・ルーファウス?」
『これは…レディ・
「パーティの時は有難う…お礼を言っていなかったのを思い出しまして。それとお花のお礼を。あんなに綺麗な真紅の薔薇、私には勿体無いですわ」
はやる気持ちをぐっと抑え、は丁寧に言葉を選ぶ。
今、父親はプレジデントと深い関わりがある。息子で絶対的な権力を持っていないとはいえ、プレジデントの息子に違いはない。ここで機嫌を損なうような事をしたら大変な事になる。
『美しい人へ美しいものを贈るのは当然でしょう』
「口がお上手なのね、ミスター・ルーファウス」
『…ところで今日は?まさか花の礼のために電話してきた訳ではないでしょう?』
トントンと指先がデスクを叩く音がする。
「私を抱きとめてくれた方にお礼を言いたいのです。連絡先を教えていただけません?」
受話器越しにルーファウスが息をのんだのが判った。
まずい事を口走っただろうか…。
『…彼は…まあ、その、会社全体の護衛のようなものでしてね。貴方のような方がわざわざ礼を言う程の者ではありませんよ』
「それでも…あの方が居なかったら私、頭から地面に激突して死んでいましたわ。もし、連絡先を教えていただけないのでしたら…私、そちらに乗り込んででも捜させていただきますわ」
『…なら、神羅に入社すればいい。そうすれば自由に探索できますよ』
思わず受話器を強く握り締めた。
願ってもいない事だ。大した事ができなくても働いていればそれを盾に父親が持ってくる見合い話を断る事もできる。
『ただし、一年間は私の秘書をしていただきます。いきなり総務部へ突っ込む訳にはいきませんしね』
「総務部?…総務部にあの人はいるのね?」
『…ええ、今のところは、ね』
そのあと二言三言交わし、ルーファウスは電話を切った。
神羅に入る事は父親は反対はしなかった。ただ一言「辛かったら戻って来い」とだけ言い残して。

「元気がないみたいだな、レノは」
茶化している訳ではなく、だが、決して心から心配している風ではなく、ツォンがそういう。
「風邪か?」
「レノ先輩は風邪ひいたりしませんよー。丈夫そうですもん」
…。そういうことは本人が居ないところで言うもんだぞ、と」
ずずっととっくに冷めてしまった珈琲を啜ってレノは呟く。
「そういえば秘書課に新しい秘書の人が来たそーですよー。何でも副社長の直属秘書になるとかー。すっごい綺麗な人なんですって!」
「ふぅん」
「何でも例のパーティの関係者らしーですよー。口止めってとこですかねー。副社長が女性追いかけてて女性が落ちたとかっていうんデショ?」
「…ちげぇよ。あれは…女を犯そうとした男をとっ捕まえようとして…バランス崩して落ちたんだぞ、と」
「無駄話はその辺で…。レノ、この調査はどうなってる?」
「…直ちに行います、と」
ガタガタと椅子を鳴らして立ち上がる。
そのまま電磁ロッドと上着を持ってレノは部屋を出て行った。
「どうしちゃったんですかねー、先輩」
「恋煩いだ。何でもその助けた女に一目惚れしたとか何とか」
なんでもないようにルードは言う。
ルーファウスの後ろにつき、一部始終を冷静に見ていたルードはレノのあの変化に実際戸惑っていた。
(……変にならなきゃいいがなぁ)
机上に広げられた書類にざっと目を通し、あの日のことを思い出す。
ルードがルーファウスと一緒に現場を見た時は、男が彼女の首を絞めて犯そうとしていた瞬間だった。
ルーファウスが近寄り、彼女はバルコニーの手すりに上半身をかなり乗り出した状態で…男が手を離したせいで落下。
間一髪、下に待機していたレノがキャッチして彼女は大事に至らなかった訳だが。
控えめなノックの後に開かれたドアをルードは垣間見る。
「!?」
「秘書課に配属になりました、と申します。よろしくお願いいたします」
ルーファウスの隣で慎ましやかに会釈するのはルードの記憶に間違いがなければ、あの彼女だった。
「あの、ここに赤毛の方はいらっしゃいますか?」
「あ、ああ…レノなら今仕事に…」
「レノ…。そう…レノと仰るのね…。もし、面倒でなかったら…彼に伝えていただけますか?『あの時は有難うございます』って…。私の口からもきちんとお礼は言いたいのですけど…如何せん忙しくなりそうで」
「判った」
簡潔な答えに満足したのか、は一礼してドアを閉めた。
「ひゃー。綺麗な人ですねぇ。レノ先輩、勝ち目ないんじゃないんですかぁ?相手、副社長ですよ?」
「本人同士が決める事だ。外野が口出しするもんでもないだろう」
冷めた言葉でルードは呟いた。
結局、その日レノは本部へ戻ってこなかった。多分、調査が長引いているのだろうが。



約束の一年まで後一ヶ月を残したある日のこと。
昼休みなど何度かタークス本部へ足を運んだが、は未だ以てレノに逢えていなかった。
「愛しの彼とは再会出来たのかな?」
終業まであと十分足らず。
は忙しなくキーボードを叩いていた。今後のルーファウスの予定を表にしたり、やらなくてはいけない事は沢山あった。
「…まだです」
結局判ったのは、レノという名前だけ。
そして意外に女性関係が派手だという事だけ。
「逢って何をするんだ」
ぴたりとキーボードの叩く音が止む。
アッテナニヲスル
そんなの、判る訳がない。
「判りません。今は取り敢えず逢いたい。逢ってお礼を言いたい。それだけです」
淡い、ブルーのスーツの胸元で揺れるクロスのペンダントに目をやるとルーファウスは溜息をつく。
「何か?」
「そんな子供じみた恋愛はもう諦めて、他の男の事も考えたらどうだ?」
「生憎ですが…私、こう見えても結構一途なタイプ何です。…終業時間ですので、失礼致します」
「Though he may not remember you, does that fellow continue still yearning for you?」(あいつはお前を覚えていないかもしれないのに、お前はまだ想い続けるのか?)
副社長室を出ようとしたの背中に言葉が突き刺さる。
「You do not need to remember me. But because I want to meet ... him!」(私のことを憶えていなくてもいいの。ただ、私は…彼に会いたいだけなんだから!)
とめどなく涙が頬を伝う。
「I yearn why to there? I do not think that there is the person whom there is you near why, and yearn for you?」(何故、そこまで想う?何故、近くに居てお前を想う者が居る事を考えない?)
「If that person does not come to dislike me, it is ... which does not want to think about such a thing.」(あの人が私を嫌いにならなきゃ、そんな事考えたくもない…)
涙を堪えて、は正面を向く。
「…私…まだ、楽な恋愛は出来ません…。
失礼、します…」
この人を好きになれればきっと。
周りは祝福をくれるだろう。
だけど。
そんな事。出来るはずがない。
薄暗い廊下を足早に通り過ぎようとは下を向いたまま、足を動かした。
ドンッ
「…す、すいません」
「や、こっちこそ悪かったな、と」
「……レノ…さん?」
任務帰りだったのか、微かに血の臭いをさせてそこに居たのは紛れもなく、レノだった。

不意に呟かれた言葉は。
止めようとしていた涙さえ、また流させる。
「逢いたかった。
逢ってお礼を言いたかった」
「……新しい秘書……って…」
「貴方に逢いたくて、貴方のために、こうしてここまで来れたんです。…あの時は、有難うございます、レノさん」
貴方が好きだと言ってはいけない。
貴方に逢いたかっただけじゃない。
貴方に好きだって言いたかった。
貴方のために。
…貴方に私を認めてもらいたくて。
「……し、つれいします」
「もう帰るのか、と」
脇を通り過ぎようとしたの腕をレノは掴んだ。
「帰ります」
「俺に話があるんじゃないのか、と」
「あります。でも、言ったらいけないんです」
だって、貴方は、タークスだから。
「俺は、アンタを探してたぞ、と。あの日からずっと!」
「…嘘や冗談でも嬉しいです」
そんな事は有り得ない。
だって。
だって…。
「嘘じゃない!」
あの時、命令じゃなくバルコニーの下に足が向いたのは。
そして自然と貴方に向って手を伸ばしたのは。
「…に運命を感じたからだ」
俺はきっと。
この人を好きになるだろう。
「例え、どんな刑罰が下ろうと。俺はがピンチに陥ったら必ず助けてみせるぞ、と」
「有難う……レノ、さん」
その言葉だけで、充分です。
抱き締められた身体を離してはレノに手を振る。
「さよなら。今のことは忘れてくださいね…」
振り返りもせず、ただ一直線には神羅ビルを飛び出していった。



一ヶ月後
「あー…今日から新人が入る事になった」
ツォンの言葉に以前にましてやる気のうせているレノが顔を上げる。
です。今日からタークスへ配属になりました。…よろしくお願いします」
がばっと身体を起こす。
目の前に一ヶ月前抱き締めた人が居る。
…」
「私、結局、忘れられなかったみたいです。
レノさんと同じ目線で世界を見てみたい。
レノさんと同じ景色を眺めてみたい。
…そして、レノさんと同じ危険の中に身を投じてみたくなったんです」
護られるだけの自分は、もう嫌なんです。
「だから、よろしくお願いしますね!」
にっこりとはレノに向って微笑んだ。

FIN