I would part from you for what
ぽつり、ぽつり、と無機質のコンクリートの上に水滴を落としていく雨粒が、徐々にその大きさを増していった。
ざああああ、と音を立てて降り注ぐ雨の中に溶け込まない、真紅の色が。
妙にリアルで。
「…最低よ!」
ぱぁん、と頬を叩かれた拍子に傘が飛んでコンクリートの上にぱしゃんと音を立てて傘が落ちた。
ビニール傘の内側に雨がたまっていく。
「なーにが最低何だかな、と」
叩かれた頬を摩りもせず、真紅の髪の毛の青年がゆっくりと傘の柄を握って中にたまり始めていた水を落として傘を差す。
「あんたよ、あんた!」
相手の女性が雨音にも負けない声でぎゃんぎゃんと騒ぎ立てる。
「最低って言われても困るぞ、と。……アンタも気持ちよかったんだろ、と」
かぁ、と一瞬赤くなった女性がもう一発、今度は反対側の頬に平手を喰らわせた。
「兎に角、払うまで絶対許さないから!!」
カッカッカッとヒールの音が響く。
許さなかったらどうするんだかねぇ、と小さく呟いた声は相手には届かなかっただろう。
「で?そこで何をしてるのかな、は、と」
「ひゃ!す、すいません。立ち聞きするつもりはなかったんですけど……」
黒いスーツに金髪の…女性とも少女とも取れない、ちょうど中間の年齢の。
が困ったような表情で路地裏から出てきた。
「…レノさん。また、女性関係ですか?」
ちょっと呆れたような、それでいて困ったような表情ではレノを見る。
「仕方ないだろ、と。好みじゃなかったんだから、と」
叩かれたより、爪で傷つけられた方が痛いな、と呟いてレノはスーツについた水滴を手で叩き落とした。
一晩の恋はお試し期間みたいなものなんだとレノは言う。
一晩付き合ってみて合うようなら次は三日。三日付き合ってみてそれでも続くようなら一週間、と期限を延ばして付き合っていくのがレノのやり方なのはもよく理解していた。
「今の…」
「ん?」
「今の女の人は…何日…?」
「三時間」
一日でもなかったな、と。
レノの言葉は雨音の中に溶けて消えた。
もやもやとの胸の中に広がる嫉妬心。
あの人は三時間といえど、この人の特別になれたんだ、という思いが胸の中に広がっていく。
「……おい?」
傘を閉じての傘の中に入り込んだレノが至近距離から顔を覗いていた。
「きゃ…あ!?」
傘をくるくると巻いてぱちんと止めるとレノはの手から傘を奪い取った。
「わ、私の傘!」
「相合傘だぞ、と。俺の傘、さっき破けたみたいだから」
つきん、つきん、と針で刺されるような痛みが無理に笑うの胸に広がる。
笑うたびに。
偽者の、嘘の笑いをこぼすたびに拡がる痛みに思わずは俯く。
一歩、足を出すのが遅れて頭の上に降り注ぐ雨にレノは慌てて傘を差し出した。
「優しくしないで下さい」
「?」
「……貴方の特別になれないのなら、優しくしないで!」
頬に流れるのは涙なのか、それとも雨なのか。
体内の温度がそのまま涙になって頬をぬらしているのか。
「何言って」
「先輩なんか、大嫌い!!」
デジャヴだろうか。
とレノはぽつりと呟いて雨の中駆け出したを追いかけるのも忘れて、二人分の傘を持って立ち尽くしていた。
ぐっしょりと雨に濡れたスーツは重たかった。
足取りが重たいのは別にスーツだけのせいじゃないだろう。
何故あんな事を言ってしまったのか、未だに判らなかった。
道を歩く人は誰もが傘の中に身を隠して、傘も差さずに歩いているには全く興味がないように足早に通り過ぎていく。
頬を伝う雨も涙も拭わずには俯きながら捨てられた子猫のように歩いていた。
心のどこかで期待していたのかも知れない。無駄な期待をかけていたのかも知れなかった。
ふっと視線をあげた先に居る女性には思わず目を奪われた。
さっき、レノを叩いていた、あの女性だった。
ひどい雨音で声は聞き取れないが、後ろから見て僅かに見える携帯のストラップが、誰かと会話していることをに辛うじて理解させる。
「…なのー…。最悪だった。神羅の社員だから金持ってると思ったのになー」
ぱしゃん、と水溜りの中をが一歩足を進める。
「えーっと……うん、確か、レノって言ってたかな、名前」
とんとん、とが女性の肩を叩いた。
「何よ、うるさ…」
ちゃき、と音を立てる短銃が。
雨に濡れて水滴を落としながら艶やかに光を放つ。眉間に宛がわれたその短銃の先は真っ直ぐに射抜いている。
「最低で最悪なのは、貴方です」
電話の向こうからは「どうしたんだよ、おい」という声が聞こえている。それをは震える女性の指の上から通話を切り、そのまま携帯の電源を落とした。
「確かに、レノさんは貴方に対して誠実でも、何でもなかったかも知れませんけど。
ああいう事でお金を稼ぐなとは言いません。だけど」
「狙った相手が悪かったんだよ、と」
え?とが小さく呟いた。
「やーっと追いついたぞ、と。アンタ、美人局みたいなことまでやってるんだってな。うちの社員相手に」
いつの間にか雨は止んでいて、ちょうどいい。と呟いたレノはスーツのズボンのポケットから束にし、折りたたんだ書類を取り出した。
「全部が被害届だ。調査しろってんで、うちにお鉢が回ってきたわけだな、と」
ぱんぱん、と書類を手の甲で叩いてレノは冷たい視線を女に投げかけた。
「……言っている意味がわかるよな、と」
「騙したのね!?」
「ホテル出る前に言ってやっただろ、と。……アンタは俺を満足させてないんだから、払う義理はない、ってさ」
「あれだけシておいてよく言う!」
これだけ叫んでいるのに通行人は誰一人として立ち止まらない。
そのギャップの差には思わず笑い出しそうになった。
彼らが立ち止まらないのは、そこに居る男がタークスのエースと呼ばれる男だから、で。そして、自分が黒いスーツを身に纏っているいるからだ。
「ざぁーんねん。俺、一回もイッてないんだぞ、と」
ぽん、と電磁ロッドを肩の上において、レノは冷たい視線を再び投げつけた。
「ま、タークスにまで調査が及んだことが、アンタの計画失敗のモトだったかな、と」
短銃を構えたままのの腕を掴んで、レノはにやりと笑った。
「……行くぞ、と」
「え?でも」
「俺達に睨まれて逃げれた奴なんか居ないんだぞ、と」
さっさと金返すなり、対処しないと女で居ることを後悔させられる可能性もあるんじゃないのか、と。
小さく呟いてレノはの腕を掴んだまま路地裏に足早に消えていった。
「レノさん」
空はまだどんよりとしていて、いつ雨が落ちてきても不思議ではなかった。
「レノさん!」
「何だよ、と」
「ごめんなさい。その」
「任務だからな、と。それにしても、叩かれるよりキクな」
「え?」
きょとん、としてはレノの顔をまじまじと見る。
叩かれたところはうっすらと赤くなっているが、もう痛みを感じるほどではないだろう。そして、そこの上にある引っかき傷は、さっきの女性の爪で引っかかれたもの。
確かに、爪で引っかかれた方が痛いとは言っていたが…。
「に大嫌いって言われるとは思わなかったぞ、と」
「…あ」
あの時はあの人に嫉妬して。
という言葉を飲み込む。何で嫉妬、していたんだっけ。
「俺の事、好きになってくれとは言わないけど嫌いにはならないでくれよ、と」
「あ、や、それは…」
ごにょごにょと口の中で言葉を転がせる。
何て言えばいいのか判らない、というように小さな声で。
「出来れば、俺の特別になってくれるか、と」
ぽつりぽつりと振り出した雨を遮るようにの傘を開いてレノは半分体を引いた。
「……いいですよ」
ゆっくりと傘の下に身体を入れて。
はにっこりと微笑んだ。
FIN
この後、嬢はスーツをどうやって着替えたんだろう、とか、神羅社員はそんなに美人局にあうのか、とか考えてしまった管理人(笑)
タークスは警察じゃないですしね。この女性がこの後どうなったのかは私の知るところじゃありませんが…(無責任な)
でもきっといい方向で解決したと思いたい。
Last Up 2006/04/24