子連れ登校。
多分、それは異様な光景だったのだろう。
「……おはよう」
「おはようございます、委員長」
校門の前でいつものように服装チェックに勤しんでいた草壁の動きが止まる。
まだ一般生徒は殆ど登校していない、朝早くに、あの風紀委員長でありながら最強の(最凶でも可)不良と恐れられている雲雀の腕の中に居るのは寝息を立てて眠っている子供の姿。それも、ピンクの可愛い洋服に身を包んでいる。
ついでに肩には鞄ではなく、大き目のトートバッグ。
「いっ…!」
「騒いだら噛み殺す。この子が起きたら噛み殺す」
「あ、あの」
「何?話なら応接室で聞くよ」
眠っている子供を上手に抱きかかえて、雲雀が校門を通り過ぎようとして振り返った。
「……悪いんだけど、ベビーフード買って来て。5ヶ月の子供用ね」
「は、はい!」
応接室のソファに持ってきた子供用の布団を敷いて寝かせる。
(……いきなりが熱出してぶっ倒れるんだもんなぁ……)
はぁぁぁ、と大きく溜息をつく。
(しかも、そういうときに限ってのところも僕のところも両親不在と来たもんだよ)
控えめなノックが応接室に響く。
「あいてるよ」
「失礼します。
こんなものでよろしいかと」
ドラッグストアの袋に入ったベビーフードが大量にソファの前のテーブルの上に置かれる。
「お疲れ」
それだけ言って、雲雀は上から注がれる好奇の目線に気付く。
「今なら話を聞いてあげるよ、何?」
「そのお子様は……」
「僕の子供だけど?普段は向こうの両親とか僕の両親に頼んでるんだよね、昼間は」
目の前が真っ暗になった(草壁後日談)
そして次に目に浮かんだのが、今の雲雀の彼女であるの姿。
だが、彼女は今日も元気に登校しているが、出産したような形跡もなければ、妊娠していたような形跡も思い出せない。
「つ…つかぬ事を聞きますが、相手は……」
「に決まってるじゃない」
何下らない事聞いてるの?というような目を雲雀は草壁に向ける。
「11月から3月まで長期入院していた記憶がありますが……」
「ワォ。察しがいいね!」
それだけ言ってゆっくりと雲雀は立ち上がる。
「判ってるよね」
「判っております」
他言したら噛み殺す。
無言の威圧を雲雀は草壁に向けて出す。
一礼して応接室を出た草壁を確認して、雲雀は鍵をかける。こんな応接室のドアをいきなり開けるような馬鹿な教師は居ないが、仮に連れてきているのを見られていたら、間違いなく開けられる。
「……早くがよくなるといいね」
本当なら家に居て看病を兼ねて育児をしてやりたかったんだけど、と独り言のように呟く。
思い切り、に否定されたのだ。
恭弥になら兎も角、に風邪がうつったら大変でしょ!といわれ、仕方なく雲雀は自分の両親に世話を頼もうと試みたものの、失敗(単に二人で旅行へ行ってしまっていただけなのだが)一度戻るのもなんだったので、仕方なしに連れてきた、という経緯がある。
(因みにの両親は今日は元々旅行の予定だったんだけどさ)
元々、授業へは早々出ないし、一日ここで時間を潰して他の生徒に見つからないように遅く、または午後の授業中に帰れば多分問題ないだろう。
仮に見つかったとしても自分の子じゃない。親戚の子だとでも言っておけばいい(問い詰めるような勇気のある教師が居るなら、の話だが)
「うー…」
「?」
問いかけてもまだ片言も喋る事なく、目を閉じる。
がさり、と袋からベビーフードを取り出す。普段、が毎日離乳食を作っているせいで余りこういうものを見た事がないが、レバーペーストだの、色々とある事に雲雀が興味津々の目つきで見ている。
(…そういえば朝ごはん食べさせてないし…)
ついでに自分も食べていないという事に気付く。
目の前にあった、魚介ペーストに手を伸ばし、とりあえず一口口に含んだ瞬間。
「まっず…!!!」
(何、この不味さ!!の作るのはもっと美味しいよ!?っていうか、こんな不味いもの、食わせられるか…!!)
単に温めてないだけという事にも気付かず、雲雀は頭を抱える。
(…仕方ない、最後の手段にするか)
携帯を取り出し、無理矢理に入れられた番号の一つを呼び出す。
この携帯から電話する事は一生ないと思っていた相手に。
数回のコール音の後、向こうで小さく「はい?」と呟く声が聞こえた。
「?」
『…何か?』
警戒しているのか、それとも単に寝起きで機嫌が悪いのか。
「ねえ、ベビーフードってどうやって調理するの?」
向こうで派手に音を立てた。
多分、転んだんだろう。と雲雀は勝手に解釈する。の知り合いの中で。この学校に通っている中で、唯一が子供を産んだことを知っている人物なら。
自分を嫌っていても、きっとの産んだ子供を助けてくれるだろうから。
ぎゃんぎゃんと電話の向こうで何か言っている。
「余り五月蝿くしないでくれるかな?こっちはもう応接室なんだよ」
『直ぐに行きます…!!』
ぶつっと携帯が嫌な音を立てて切れる。
中庭が段々騒がしくなってくる。
一般生徒が通学し始めたのだろう。応接室のある階が大した人も来ず、職員室から離れていることも幸いだった。ここでなら多少騒がれても気にされることなく、篭城(ちょっと違う)が出来る。
暫くして、応接室のドアがノックされる。
「誰?」
「2−A、です!」
「ああ、入って」
鍵を開けて一人で応接室に入ってくる少女。
「ちゃんは?」
「寝てる」
「じゃあ、ご飯、作っておきますから!」
「ありがと」
テーブルの上に置かれた大量のベビーフードをチョイスして、元々備え付けられているキッチンを使ってベビーフードを調理していく。
「手際いいね。いい奥さんになれるんじゃない?」
ソファに座って寝ているを見ながら雲雀がぽつりと呟く。
「には敵わないだろうけど」
「知ってます」
ぱたんと冷蔵庫の閉まる音がし、雲雀は顔を上げる。
「じゃあ、冷蔵庫に大量に作っておきましたから、食べさせるときは湯銭であっためるか、電子レンジで余り加熱しすぎないで下さいね!」
「ありがと」
「失礼します」
応接室の扉を出て直ぐに鍵のかけられた音がした。
まだ、朝は始まったばかり。
To Be Continued
色々突っ込みどころは満載ですが、あえてスルーの方向性で!
もしかしたら加筆修正するかも知れません。