毎週土曜日、深夜11時30分。
きっかりその時間になるとリーブを訪ねて、チャイムを鳴らす人物。
…ツォン。
黒髪を後ろで一つにまとめた青年が、今週も同じ時間に土産を持って同じ時間にチャイムを鳴らす。
(鳴る)
と、同時に。
ピンポン
ドアを開けると其処には夜景に溶け込むように立つ、ツォンが居た。
手には白い上質な布で巻かれたワインらしき瓶。それに少し疲れた表情。
「無理、してない?」
そう言って
リーブはツォンを中へ招き入れた。


I close my eyes, and bare feelings


タークスに休日はないと誰かが言っていたね、というとツォンは無言のまま、うなずいた。
喋るのも億劫な程疲れているのなら少し仮眠でもしてきたらどうだい?とリーブは呟く。
「大丈夫」
たったそれだけ。会話らしい会話もない。
「私が来たら、迷惑ですか?」
ここまでの会話は毎週繰り返されること。
最初のうちはリーブもかなり動揺したし、下手な言葉でツォンを傷つけて、自分も傷ついた。
「迷惑なら招き入れたりしないよ」
これが一番、二人が傷つかない言葉。
「それにほら、僕はツォンと過ごせればいいし」
冷蔵庫からサーモンマリネを取り出すとテーブルの上へ並べる。
こんな時間に食べると太ると怒られても、それでもリーブはツォンにしっかり食事をさせる。
「部長」
さっきより幾許かはリラックスしたらしい、ツォンの声が聞こえる。
ツォンが持ってきたワインのコルクを抜くと芳醇な赤ワインの香りが鼻腔を擽る。
それを見たツォンがゆっくりとソファから立ち上がり、慣れた手つきで食器棚からワイングラスを二つ取り出すとテーブルの上へ置く。
赤ワインの色で赤紫に染まったコルク栓を置く。
そのコルクを指で弄びながら、指についた、赤ワインの澱を口の中で舐めとるとツォンはそのまま注がれる液体に目を移す。
「いいワインだね、ツォン」
「レノの一押しだそうです」
「タークスはいい人の集まりだね」
乾杯、とワイングラスをカチリと合わせると中の液体がゆらゆらと揺れた。
口の中に含めば赤ワイン独特の渋みが一気に拡がる。空気に触れて、酸味が若干増えたらしいその赤ワインを飲み干す。
「部長」
マリネを取り分け、リーブはツォンの前にその皿をフォークと一緒に置く。
時計は、
日付が変わるまで後少し。
注がれたワインは半分も残っている。瓶の中にも半分くらい。
がたり、とテーブルが揺れ、ワインが瓶とグラスの中で波紋を作る。
ゆらりゆらりと揺れながら、出来上がった波紋同士がぶつかって新たな波紋を作り出す。
これはまるで、自分達のようだ。
触れて触れ合って、それでも。
ツォンの指先に触れて、リーブはゆっくりと指を絡ませる。
神聖なものを扱うように、静かに、ゆっくりと絡ませる。
好きも愛してるもない、二人の関係に終止符を打つとしたらどちらなのか。
後ろでまとめている髪を解き、嬲るように唇を重ね、音もない部屋に響く淫猥な音。
口内に残るワインの味が絡み合い、どちらともなく何度も何度も唇を重ねあう。
何かの儀式のように、何度も。
テーブルの上に置いたグラスとマリネの乗ったサラダがぶつかり合って軽い音を立てながら、執拗に口腔を弄る舌に自分の舌を絡ませる。
「んん……」
首筋にキスマークをつけて殴られた事を思い出し、リーブはツォンのスーツを皺がつかないように脱がせ、ネクタイを緩める。
ワイシャツの釦も一つ一つ丁寧に外してからぼうっとしているその隙に胸元に紅く痕を残し始める。
ぴく、と反応するのが面白くて。
声を出さないように唇をかみ締めるのが楽しくて。
その反応を見たくて、いくつもいくつも痕を残す。
白い肌につけられた痕は外からは決して見える事のない刻印。自分のものだと示すように乱暴に刻まれた痕は一週間経ってもうっすらと残り、その上からまた痕を遺す。
鎖骨の辺りに軽く歯を立てるとびくりと過敏に反応する様が楽しくて、リーブは何度もそれを繰り返す。
獣じみた欲情の果てにあるものを思うと自然と身体が昂ぶってくる。
僅かに紅潮している頬に唇を寄せて抱き上げ、リビングからベッドルームへと移る。
一人で寝るには広いそのベッドの上に、ツォンを寝かせるとその上へリーブは乗るようにツォンをまたぐ。
ぎし、ぎし、とベッドのスプリングが軋む音が妙に部屋に響いて、思わずツォンは笑いをこぼす。
「何?」
「なんでもないです」
くっくっと笑いながらツォンはリーブの肩に手を置いた。
そのまま右手を動かしてシャツの釦に手をかけると片手で器用に釦を外していく。
無駄な脂肪もなく、引き締まった身体。
身体を起こすと先程のお礼だというようにツォンもリーブの鎖骨に軽く歯を立てる。
「ッ」
僅かに顔をしかめ、与えられたその傷みでさえも快感へ変えていこうとする。
「痛かったですか?」
少しだけ血が滲んだ肌に舌先を這わせ、その小さな小さな傷口を甚振るように舐める。
唇がようやく離れ、ツォンの口の中に残るのは血の味。
ぐっと肩からベッドに沈めさせられ、ベルトを外す音とズボンと下着を下ろす衣擦れの音。
「…細いな、ツォンは」
「そうですか?普通だと思いますが」
きょとんとしたツォンの表情が、一瞬驚愕の表情へと変化する。
足の先をぬるりとした舌の感覚がぞわっと背筋を凍らせる。
「ちょ…、ま…っ」
ぞわぞわと背中を這い上がる冷たい感覚に腰を引く事で耐えようとしたツォンが膝を立ててリーブから逃げようとする。
「ぶ、ちょ…っ。あ…っ?」
僅かばかり、上半身を起こしていたツォンの身体がベッドへ仰向けに沈んだ。
「ん…ぅっ」
嫌悪感が徐々に消え始め、そこに残るのは快感の二文字。
指先を舐めていた舌が太腿まで這い上がるのが判り、手首を口に当てて必死に声を我慢する。
「声、出してもいいのに」
嬲るように屹立したツォン自身のモノを口に咥えるとわざと音を立てて強弱をつけながら刺激を与えていく。
「ん…っ、あ」
爪先にまで駆け上るような快感にシーツに爪を立てて必死に耐える。
「ぶちょ…、はなし、て」
腰が引けそうになるのを感じながら、途切れ途切れの声に耳も貸さず、執拗なまでに攻め立てる。
「……ッッ」
先端を軽く噛まれた拍子に口内へたまらずに射精する。
「…は…」
躊躇う事もなく、出されたものを飲み干して、それでも尚綺麗にするように舐めあげる。
うつらうつらした表情で伸ばされた手に触れるとリーブはツォンの身体を起こした。
「何で毎回毎回…」
「言わなきゃ判らない?」
額に浮かんだ汗を拭い取りながら、髪をかきあげてリーブはツォンに視線を移す。
部屋の照明が薄暗いためか、ツォンの表情はうかがい知れないが多分その顔には赤みがさしているのだろう。
くるりと回転させてうつぶせにさせたリーブにツォンが「あ」と呟く。
「明日、任務があるんですけど」
「萎えさせる事、平気で言う……」
でも、それなら仕方ないよね。と仰向けにすると足を閉じたまま上へ持ちあげる。
「これならツォンに迷惑かけないし」
閉じられた太腿の間に自分のモノを差し入れて、腰を動かす。
まだ屹立しているツォンのと擦れて僅かにリーブは眉根をひそめた。
「んっ…」
リーブの腕に爪が立てられ、ツォンがふるふると首を左右に何度か振った。
つかまれた腕にぎゅっと力がこめられ、促されるように腹の上へ解き放った。
「部長」
既に息が整ったツォンが身体を起こして隣で横になっているリーブの頬に触れる。
そのまま、唇を軽く重ねる。
すっと身体を離すとベッドルームから出て行こうとし、立ち止まってドアから顔だけを覗かせる。
「明日…ってもう今日ですが…。任務から帰って来たら、あのマリネ、また食べたいのですが」
言うだけ言ってバスルームのドアのしまる音。
「昼間、マリネの材料とパスタの材料を買って来ぃひんといけんやんか…。任務の後やとツォン、仰山食べやるさかい」
それでもそんな関係が楽しいんだ、とリーブはくすくすと笑った。

FIN