02.Red and crimson of dusk

「…ごめんなさい」
「落ち着いたか、と」
レノが静かに声をかける。小さく、「うん」と呟くとはレノの隣から立ち上がった。さっきまでレノに抱きついて背中に回していた腕が酷く熱く感じる。
「普段沈着冷静なでも取り乱す事があるんだな、と」
「私は…沈着冷静何かじゃないわ…」
散らばした野菜を拾い、野菜籠へいれ、スーツの上衣を脱いでエプロンをつける。
「ツォンが褒めてたぞ。は新人の割に冷静に仕事をこなすってな」
「それは…!」
「でも、その反面、自分の命を放り出すような事も平気でする、と」
包丁を持つ手が微かに震える。
レノの言葉が耳に入らない。
貴方と同じ場所に立ちたいだけで。
貴方と同じ命の危機に直面すれば、きっと貴方と同じものを得られるんじゃないか、と思っているだけで。
何の深い意味も成さない。
たん、たん、とリズム良く動かしていた包丁の動きが止まり、レノは今まで音のしていた方へと姿を現した。
まな板の前に野菜を置き、涙を流しているの姿。
「…気を悪くした事を言ったんだったら、謝るぞ、と」
「貴方は…悪くないもの……」
ようやく搾り出した声はレノに届いただろうか。
蚊の鳴くような小さな声で呟かれた言葉は。
「気の強いお嬢だとばかり思ってたけど…実際はこんなに脆くて傷つきやすいんだな、と」
あふれ出した想いは多分止まらない。
この人が好きなんだと実感したら、止まりようがない。
「私が…私がタークスに志願したのだって……!私が貴方に救われたからだわ…!!」
一生言う事がないと思っていた言葉をは口に出した。
の視界にレノの髪の毛の色と夕暮れの色が飛び込んでくる。一瞬にしてシンクロする、『あの日』の情景。二度と思い出さない。としてではなく、女として二度と思い出したくない、あの記憶。そして、レノとの出会い。



…………二年前
ダァンッ!!!
ショットガンならではの派手な銃声が私有地に拡がる。から…かららららと薬莢がショットガンから毀れ、の足元に積まれていく。その様子を見守るように見ていたの父親がに声をかけた。

「なぁに?お父様」
「大物ばかりを狙っているといつか失敗するぞ」
「御心配なく、お父様。私、一点集中タイプですから」
がきぃんっと小気味いい音をたてて薬莢をセットし、スコープで遠くに居る鹿に焦点を合わせる。ダァンッと再び腹の底に響くような音を響かせ、ショットガンから弾が放たれる。しかし、その弾は鹿に当たらず、鹿の後ろの木の幹に当たり、鹿は嘶きながら森の奥へと走って逃げていく。
「年頃の娘がハンティングが趣味とはいい趣味とは言えないと思うんだが?」
こほん、と咳払いをして父親がを見る。良家のたしなみと言い、幼い頃からハンティングをさせていた親の台詞とも思えない。とは父親を軽くにらみつけた。
ハンティング帽子を脱ぎ、それを父親に押し付ける。手入れの行き届いた芝生の上をのブーツが芝を踏みながら父親から離れていく。そして再び、森の方へスコープを向ける。
「いい話が来ているんだがね、
「またお見合いですか。……前回、言ったはずです。私はまだ誰とも結婚するつもりはありません」
スコープを覗いたまま、はその焦点を父親へ合わせた。
「兎に角、お断りして下さいますよね?私、まだまだ世間知らずですし」
良家の一人娘。それも、ミッドガルの経済を裏から支える家の娘とあれば引く手数多だった。現に見合いの話は黙っていても転がり込むし、ホームパーティに出席させれば必ずの周りには政略結婚を望む男達で群がった。も、自分が家のためにどんな存在なのかを知っているし、知っている上でまだ結婚はしたくないと言っているだけだった。
いずれ。…たとえ、政略結婚でも好きになった相手となら、結婚してもいいと、そう思っていた。
「第一、お父様はまだお若いんですから、早急に跡取りを決める必要性はないんじゃありません?」
「判った、お手上げだ。……見合いを断る代わりに一つ要求してもいいかな、
「何でしょう」
「今日これから行われる神羅カンパニー社長が開催なさるパーティに、お前が私の代わりに出席するんだ」
その唐突な申し出はを驚かせた。
普段、父親のパートナーとして出席しろという事はあっても、家督である父親の代わりに出席しろといわれた事は今まで一度もなかった。
ショットガンをおろし、は父親を見つめた。
「…判りました。じゃあ、家に戻って準備しなくてはいけないわね」
森に背中を向け、眼前に広がる屋敷の方へとは足を進めていった。


煌びやかなドレスに、豪華絢爛な内装。そして、それに集う紳士淑女。
シャンパングラスを片手には革張りのソファに座り、それらを眺めていた。立食パーティ形式にしているのか、あちらこちらで皿を片手に談笑している姿が見える。
は、といえば黒の背中が大きく開いたドレスに身を包み、目立たぬように隅のソファに座り、ぼんやりと見つめていた。パーティが始まると同時にプレジデント神羅に挨拶を終わらせ、副社長であり実子であるルーファウスにも挨拶を済ませた。
(…私を見て驚いた顔してたわね…。家の代表として来ているのがこんな小娘じゃ、驚くに値するわね)
プレジデントは流石というか、なんというか。御父上によろしくと伝えてくださいと社交辞令を残し、パーティの人の群れに姿を消していった。ルーファウスがどうするのか気になってはいたが酒の匂いと人の動きに軽い眩暈を感じてそれを確認する余裕すらなかった。
手に持っていたシャンパンは、もう既にグラスの中で温くなっていた。
傍を通りかかったボーイにグラスを取り替えてもらい、は酔い醒ましに二階のバルコニーへと出た。
ガーデンの方からは人々の声がするが、裏庭の方は全くといっていいほど声はなく閑散していた。手すりにシャンパングラスを置くとは遠くに見える光をやはりぼんやりと見ていた。
「隣、よろしいですか?」
聞きなれない声にはふっと顔を上げた。
優男のイメージを受ける、淡いシルバーの髪に柔和そうな男が同じようにシャンパングラスを持って立っていた。
「……此処は私の家じゃないし、私はホストでもないわ。貴方が招待客だというのなら好きなところに居ればいいだけの話よ。私に拒否権はないけれど、嫌ならいつでも中へ私は戻るわ」
いいながらは再び光へと視線を移す。
青白い光はスコープの光だと簡単に気付いた。しかし、警備兵のものだと感づき、軽い溜息をついた。
隣では男が饒舌に何かを捲し立てている。その半分以下もの耳には入らない。
「…!?」
不意に首に違和感を感じ、は慌てて一歩後ろへ後退した。
首に何かが巻きついている。
「な…!?」
腕を掴まれ、バルコニーの手すりに背中を押し付けられ、そのまま首を絞められながらは足をじたばたと動かした。
「体調不良で見合いを断ってきた割には……随分体調よさそうじゃないか…」
如何に下が芝生とはいえ、頭から落ちたら重傷だ。指はバルコニーの手すりを必死に掴み、何とか落ちるのを防いでいた。
「まだ落とさないよ、まだね」
首を絞める力は緩めず、男はのドレスをまくり、内太ももをいやらしい手つきでなで上げていく。
「やめ…!!」
「ここで既成事実を作ってしまえば……あんたは俺と結婚するしかないって訳だ……」
ねめつけるような視線がか細い呼吸で上下する胸から下腹部へと注がれる。ごくりと喉がなり、の足の間に割って入るように男の身体が侵入してくる。
既に酸欠状態の中、最後の抵抗といわんばかりには足をばたつかせた。
「や…っ。や、だ…!」
ひんやりとする空気が太ももからまくられ、何も身に着けていない下腹部をなでる。
?ここに居ると聞いたんだが」
の耳元にさっき聞いたばかりの、ルーファウスの声が聞こえる。
「…!?」
男の手が緩み、新鮮な空気を肺に送り込む間もなく、の身体はバルコニーの下へと
落下
していった。
「グッドタイミング。副社長、彼女は無事です、と」
ぼんやりとしたの視界に、
その時はまだ名前を知らなかった、
レノの真っ赤な髪の毛が…映った。

To Be Continued