An ease


自分より一回り以上下の子に好意を寄せるのは、矢張り可笑しいんじゃないか。
ぽつりと報告書を前にして笹塚は呟く。

女子高生探偵と名高い、桂木弥子のクラスメートで友人。
事もあろうに、惚れたらしい。
出会いは殺人現場。最も、彼女が被害者でも加害者でもない。念のため。
喫茶店で起きた殺人事件だった。あれを父親を殺されたばかりの弥子があっさりと解決し、その現場に慌てふためくように駆けつけたのがだった。
その様子に慌てふためいたのは勿論、笹塚よりも弥子で戸惑ったように笑いながらに助手と名乗ったネウロを紹介していた。
ついでと言っては御幣があるが、まあ、もののついでに笹塚も紹介してもらい、現在に至る。
現実に引き戻すかのように携帯電話が震えた。
ぶぶぶ、と小さな音を立てて机上で震える携帯電話。
数回でそれは鳴り止み、表示されているメールのアイコン。
時計を見れば既に夜の十時を回っている。
捜査一課に残っている人間は数少ない。
笹塚と……そして筑紫。
「珍しいですね」
傍らに珈琲の入ったカップを置くと筑紫は言う。
「悪いな」
いえ、懐かしいのもあります、と筑紫は呟く。
大学時代はこうしてよく淹れさせた。
「メール、見なくていいんですか?」
「お前こそ、帰らなくていいのか?」
質問を質問で返す癖など笹塚にはなかったが、敢えて笹塚はそれを行う。
誰からのメールか、何て本文を見なくてもアイコンの色で判る。
……
愛しい人のそのメールを。
読まずに後悔するのは、本当に直ぐだった。
「笹塚刑事」
いきなりだった。
捜査一課に響き渡った、初老の声。
見れば警備会社が寄越した警備員が戸惑った表情を浮かべている。
「笹塚刑事にお客さんなんですが…」
客?
そういおうとし、警備員の後ろにいる少女に目をやると笹塚は眼前がくらくらした。
世界が揺れる。というのはこういう事を言うのかも知れない。
「何してるの、ちゃん……」
「あ。あのですね、えーと…」
「ココアでいいですか?」
口篭ったに合いの手を入れるように筑紫が給湯室へ向かう。
警備員の、じゃあ、お届けしましたよ。という、まるで宅配便か何かで荷物を預かった隣の人のような台詞が妙に笹塚の耳に残る。
「メール…送ったんです…ごめんなさい」
「うん」
「笹塚さんの家に行ったんですけど、誰も居なくて。
家の中ですね、がさがさしてて。両親、旅行でいないはずなのに、家の中でがさがさしてて」
困ったような顔で彼女は言う。
「こ、怖くて、チャイムも押せなくて」
ぼろぼろと涙が毀れる。
「判った。筑紫」
「はい?」
ココアの入ったマグカップ。
それを目で見る。
「一人より二人の方が安全だろう。…こい」
視線だけでそれを机上に置け、と命令し、笹塚は連れ立つように駐車場へ続くエレベーターに乗り込む。
無意識のうちに握り締めたの手は冷たかった。


ばたん、とドアを閉めて笹塚は運転席に乗り込む。
「何時頃家に?」
「えぇと……弥子ちゃんのところでご飯食べてたから……八時くらい、です」
まだ少し泣き声ながら、必死には記憶を辿るように呟く。
思い出して、くすり、とは笑う。
「どうしたの」
「弥子ちゃん、凄い食べっぷりで」
怖い思いをして泣くよりも、笑っていてくれた方がいい何て。
口が裂けても言えないけれど。
「あー……凄いらしいね」
「本当に凄かったんですよ」
都心はもういい時間だというのに、人や車、光の量が半端じゃなかった。

何も知らない人達は、車の中にいる俺とちゃんと筑紫を見てどういう関係だと思うのだろうか。
親子?
親戚?
……少なくとも、俺がこの子に惚れているなんて、
……微塵にも思わないのだろう。

「笹塚さん?」
「あ?ああ、御免。ちょっと考え事」
いきなり話しかけられ、慌てたように笑顔を取り繕う。
都心の一等地に建てられた家の門柱の前に車を停める。
八時じゃもう逃げられてるんじゃ……。
そう小さく呟く筑紫の言葉に笹塚も同意する。
それは言える。
だが。
「……ま、仕方ないんだよ」
もし、彼女が鍵を開けて。
もし、彼女が中に入って。
…もし、中に泥棒や強盗がいて。
…もし、彼女が。
「…嫌な考えしか浮かばないんだよなぁ」
その言葉は夜の冷たい空気の中にかき消された。
ドアに耳をつけて中の様子を伺い聞けば、確かに中からがさがさと音がしている。
もしも本当に泥棒だとしたらどれだけ物色するのに時間がかかっているんだ。
無言で鍵を促すとは戸惑ったようにその鍵を笹塚に手渡した。
がちり、と音がしてシリンダーの外れる音。
それでもがさがさという音はやまない。
ばぁんっ、と音を立ててドアが開かれる。
瞬間。
笹塚の身体が崩れ落ちる。
「「笹塚さん!?」」
と筑紫の声が重なり、が口に手を当てて声にならない絶叫を上げる。
が。
「………?」
ぽつり、と呟いたのはだった。
笹塚の上に茶色の物体が乗っかっている。
「犬、ですね」
玄関にあった餌袋はずたずたに引き裂かれている。
「……ご飯!」
思い出したように手を叩いて、笹塚の上から犬をどかす。
「ごめん、……忘れてた……」
わん!と大きな声で鳴いたを余所目に笹塚がこめかみを押さえる。

翌日、寝不足気味の笹塚の元にお昼ご飯です。と称してお弁当を持ってきたを嫌がらずに出迎えた笹塚は。
笛吹の厭味な言葉を無視していた。

(今度はあの犬しまっておいてくれよ…)

FIN



やっちまったー!!!初笹塚!
連載にするには堅苦しくて。
連載にするには甘くなかったのです。

2006/12/15