jealousy // ジェラシー

「へえ。知らなかったー。そっかそっか、そうやって行けばいーんだ!」
「つーか、さん、それ攻略本に載ってるっす」
「…攻略本なんて買うのは金がある奴で充分っしょ」
携帯ゲーム機を開いて獄寺が指示する。
尊敬の意味も含まれているのか、「おおお!」とが呟くと獄寺が微かに笑った。
獄寺の前でくすくすとが笑う。
3年が2年の教室にいるのは本来なら非常に目立つ。
だが。
元来の童顔さと先輩らしくない態度で全く違和感なく溶け込んでいるのはの持てるワザなのだろう。
「もー、雲雀相手だとさー、ゲームとかの話できないんだもん!」
雲雀の単語に教室の空気が固まるのがわかる。
「やりそうにないっすよね」
「でしょでしょ?っていうか、偶にはやればいいとか思わない?案外ストレス解消になるのにー」
「今度ゲーセン行きましょうよ、さん。格闘系で勝負」
「よし、受けて立つよ、ごっ君!」
予鈴を聞いて満足そうに立ち上がると、バイバイと手を振って教室を出て行く。


「雲雀、またやったんだって?」
応接室でトンファについた血を拭い去っていた雲雀にが呟く。
ひんやりとしたエアコンの空気が身体に纏わりつく。
真っ白いワイシャツに飛んだ血の色が、今日の機嫌の悪さをに思い知らせる。
いつもはココまでしないよね、というほどに赤い返り血。
(…血は赤いから血なんだけどさ)
「五月蝿いよ」
ごとり、とトンファが音を立てて机の上に置かれる。
今頃、雲雀に狩られた群れていた一般生徒は病院のお世話になっているのだろうか。
「う…五月蝿いって何?私は心配して」
に心配してもらうほど弱くない。放っておいて」
言ってから雲雀の顔が一瞬曇る。
「そうでした!うちの風紀委員長は最強だもんね!失礼しましたっ!!」
ばんっ、とドアが軋んで取れるんじゃないか、というほどの音を立てて閉まる。
追いかけても来ない雲雀に腹を立てながら、は教室へと向かう。
途中、風紀委員の面々に擦れ違ったが、今はあの腕章さえも憎たらしく思えた。前はあの腕章に妬いたものなのに。あの腕章があるせいで、雲雀は自分と遊んでくれないんだ、と散々我儘を雲雀にぶつけたことすらも、今となっては馬鹿な思い出。
何度目になるか判らない、別れてやる。という言葉を胸に抱く。
誰に言っても、ハイハイと取り付く島のない返事を返されるのは判っているけれど。そして、雲雀と別れたところで次に新しく彼氏が出来る訳でもないというのに。
(むしろ、私が雲雀にベタ惚れだからなんだけどさ)
教室の引き戸を開けたそこには、獄寺が居た。
「あれ?」
さん。どうしたんスか」
「……あー、ナチュラルに教室間違えたー……。去年まで私もココだったからさ」
長年の癖というより、何だろう。
今はただ、話を聞いてくれる人がほしかった。
「ごっ君は何してるの?」
「10代目を待ってるんです」
「ああ、沢田君を待ってるのね」
引き戸を開けたまま、は獄寺の前に座る。
蛍光灯の色すら霞むほどに、オレンジ色の夕陽が教室内を染め上げる。
さんは雲雀の彼女なんですよね?」
「うんー……一応はね」
「他の男と一緒に居て怒られたりしません?」
「ないね!有り得ない!」
けらけらとは笑う。
「そりゃね、私だってさ、あの雲雀が妬く顔を見たくて色々とやったわよ。……付き合い始めの頃はさ。
でも、全然ダメ。……雲雀、私の事何も言わないの。あの男は誰、とか、何してたの、とか。最悪なのは、別れたいなら姑息な手を使わないで素直に言えばいい。そうしたら、四の五の言わずに別れてあげる。こう言ったのよ、あいつは!!」
だん!!
小気味いい音を立てて机が揺れる。
「……私って、アイツの何なんだろうね」
は、と小さな溜息をついてが机に突っ伏す。
「信頼してるから何も言わないんじゃないんですか?」
そう言う獄寺をちらりと見て、はくすり、と笑いをこぼす。
「嫉妬したい顔が見たいだけなんだけどさ、私が」
「……話は終わったかい?」
「げ、ヒバリ」
獄寺の言葉が耳につく。
ふ、と顔をあげればそこには雲雀がむすっとした表情で立っていた。
まだトンファを握っていないところを見ると、がこうして話をしている事自体は雲雀にとって大した問題じゃないという事なのだろう。
「離れろ」
低く囁かれた声に背中がぞくりと震える。
本能的に、まずい、と小さく呟くと獄寺の方を垣間見る。
手にはダイナマイト。
…戦闘準備は万端ですか、そうですか。
「ごっ君、今日は勝てないと思うよ…」
さん!?」
「………雲雀ってさー……ほんっとうに怒ってるときって、トンファじゃないんだ、素手で来るんだ、あいつ」
相当怒ってるという事なのだろう。
「話、聞いてくれて有難うね。ごっ君」
ぽんぽん、と柔らかい髪質の髪の毛に触れてはにっこりと笑う。
「いくよ、雲雀」
?」
左手首をつかまれて、雲雀は戸惑った顔をしながら教室を出て行く。
いつも冷静沈着な雲雀にしては珍しく、僅かに息が上がっているのは、を探して走り回ったからなのだろうか。
「ねえ、雲雀。私、さっきの事怒ってるのよ」
窓から差し込む夕陽が目に痛い。
「あれは僕の失言。謝る」
さらりと雲雀は謝罪の言葉を口にする。
隣同士、並びながら応接室へ向かう道すがら、は疑問に思っていたことを口に出した。
「雲雀は嫉妬してくれないのね」
「いつもしてる」
「は?」
その言葉には露骨に不審そうな顔をした。
「いつもアイツと話してるの、僕が知らないわけないじゃない」
(アイツって…ああ、ごっ君か)
大概、昼休みは雲雀のところか獄寺のところで過ごしている。
クラスに居る時は大体雲雀が目につくところに居る。
だからこそ。
姿が見えなくて、雲雀はやきもきしていたとでも言うのか。
「…ほんと?」
「本当」
暑そうに少し眉をひそめて、雲雀はネクタイを緩めた。
「…お願いだから、いつも傍に居てよ」
じゃないと、また何時暴走するかわからないからね。
そう、小さく呟いて雲雀はの隣に足を進めた。

(僕が嫉妬するのは君を取り巻いている人間関係に、だよ)

FIN