A sickle of the god of death is stained with blood


約一週間ぶりにレノは仕事へ復帰した。
といっても、デスクワークが主な仕事で現場復帰はもう暫く先送りになりそうだった。
と一緒に暮らしているのが楽しくない訳じゃない。しかし、肋骨が数本折れていて夜這いをかけるにもかけられない状況にあり、もやもやしている身体と性欲を一気に処理するには仕事しているのが一番だとと一緒に仕事へ復帰する事にした。
「レノ先輩…蚯蚓がのた打ち回ったような字で報告書書かないで下さいよっ!」
きゃんきゃんとまるで子犬のようにわめき散らすイリーナを横目に、レノは大きな溜息をついた。
朝からが居ない。既に昼を回っていて、昼飯を一緒に食べようと思っていたのに、とやっぱりレノは溜息をついた。
居ないといっても、ここまでは一緒に来たから居る。…早い話が任務遂行に言った訳だ。それも、ソルジャー達と。
これが一番腹立たしい。
「ただいま戻りました」
分厚い扉が開き、の声がする。
先輩!?」
ふわりとの匂いと一緒に漂ってきたのは血液の、鉄分の臭いだった。青ざめているイリーナをどかすとレノはタオルを持っての傍へ近づく。
目が、まだトランス状態のまま、だった。
飢えた狼のような目つきで辺りを見回す。
スーツやワイシャツ、綺麗に切り揃えられ、ポニーテールにしている髪の毛にも真っ赤な血がこびり付いている。
それがの血液じゃない事は判っているが、判っていてもいい気分じゃない。
レノはタオルを持ったまま、を部屋から連れ出した。
「…
「何?」
素っ気無い返事。
「何があったんだ、と」
「何でもないわ。手を離して頂戴」
細い腕を掴んだままのレノの手を睨むように見るとは冷たく言い放つ。
「離せる訳、ないだろ、と。ソルジャー達と一緒だったんだろ?何でそんな血、浴びてるんだよ、と」
ソルジャー。その言葉にはレノの腕を振り払った。
「…五月蝿い!どいつもこいつも…私のことばかり…!」
ぴしゃん。
レノの手がの頬を軽く叩く。
「落ち着け、。……シャワーを浴びてその血をまずは落とすんだぞ、と」
ぼろぼろと大粒の涙がこぼれ落ちる。

シャワー室へを押し込み、レノはドアのところに見張り役として座り込んでいた。
ドアの向こうからはシャワーの音が聞こえる。
「…レノ、居る?」
控えめな声が聞こえる。どうやら、トランス状態からは抜け出たらしい。
「いるぞ、と」
「……私、穢れてるのかな……やっぱり……。
魔晄に晒されて…!何百という人の血を浴びて…!私、やっぱり生きてる資格何てないんじゃないかな…!?」
魔晄に晒され、資質のあったものだけがソルジャーになれる。
ソルジャー時代も、また、タークスとなってからも、隣にはいつも血が付きまとう。ついた名前は、死神。
あの鎌に。
あのソルジャーに狙われたら最後。
地獄の果てまで逃げれたとしても殺される。
実際は、こんなにも脆い人間だというのに。
仕事中に見せる一片の表情だけが、噂となって一人歩きする。
「もぉ…やだよぉ…」
泣き声のにかける言葉も見つからず、レノは黙ったまま電磁ロッドを手で弄ぶ。
女の扱いにはなれてないんだよな、と。
と呟き、シャワーの音が止まったのを確認すると鏡に布をかけ、ドアとは反対側をむく。
何度とベッドの中で互いに裸は見ているが、こういう時は少し気恥ずかしい。
「レノ…ごめんね…」
「何がだ、と」
「仕事中なのに泣いたりしてごめんね」
ふんわりと。
血の臭いではなく、リンスの香りが漂う。
「気にするな、と」
ふと。
外を誰かが歩いている音が聞こえる。シャワー室は使用中になっているため、入ってくることはないとは思うがそれでも一応レノは警戒する。
タークスとはいえ、決して庇護されている訳ではない。シャワールームにタークス同士とはいえ、異性が一緒に居れば噂が一人歩きし、下手すればどちらかはクビになる恐れだってある。
…クビならいい。家に閉じ込めておけばいいんだから。
もし、それをあの副社長が…。ルーファウスが知ったら…。
そう考えるだけで背筋がぞっとなる。
「死神と仕事だったんだろ?どうだった?」
「女だてら…っての?今はタークスとはいえ、1stはやっぱ違うねーってカンジ?何でもかんでも武器にしちゃってよー、男の俺だって躊躇するのに急所一撃だぜ?魔晄に穢された御陰ってやつなんだろーけどなー。怖い怖い」
ぞっとした背筋が反対に熱くなる。
シャワールームを飛び出そうとしたレノをが必死に抑える。
「まあ、楽でいいよ、楽でさ!他の1stも人並みはずれて怖いけどさー、なんていうの?死神は…もう女じゃねぇってカンジだよ。仕事モード入っちゃえば、かなり楽できるぜ?今度頼んでみろよ」
ぎりぎりと握り締めたレノの手のひらからぽたぽたと真紅の血液が流れる。
「…いいの…レノ…私なんかのために怒らなくていいのよ…慣れてる…慣れてるから……ね…」
結局、は頭痛がすると言ってその日は早退した。


その日の夜。
「こーんばんわぁー、と」
月をバックに飢えた獣のような瞳と、怖いほどの満面の笑みを湛える男が一人。
「昼間はシャワールームの前でをけなしてくれてアリガトーゴザイマス、と」
「タ…タークスのレノ…!」
ソルジャー2人がじりっと後ずさる。
黒スーツを脱ぎ、私服に着替え、武器の電磁ロッドを持ってにこやかにしている。
「これは俺の趣味の時間だからな…タークスじゃない、一個人としての仕返しだぞ、と」
くくっとくぐもった声で笑う。
あいつがどれだけ苦しんだか判っているのか…。
あいつがどれだけ泣いてきたか判っているのか…。
どれだけのものを犠牲にし。
どれだけのものを諦めて。
生きる事ですら、諦めていた時代があるという事を。
こいつらは知らない。
「…お前らにの何が判るっていうんだ…!」
総てを。
生も死も。
笑うことさえも。
全部忘れて、全部失くして、それでも、戦い続ける彼女の…何が判るというんだ。
「…お前達は…の何を理解しようとしたんだ。がどんな想いでお前らと一緒に任務に行ったと思ってやがる…!」
人の命を奪った後には必ず墓参りを。
どれだけ貶され、どれだけ忌み嫌われても。
それは自分の運命だから、と受け入れる。
「……目の前で同僚が千切れ飛んだのを見た事があるか?むせ返るような血と腐った肉の中で一ヶ月以上一人で暮らした事があるか?自分の精神が狂いそうになりながら、それでも生き長らえなくちゃいけない事態に陥った事があるか?」
ガァンッ!
ロッドの先端が壁を抉る。
2人の口からは言葉は出ない。
がくがくと膝が震え、その場から動けない。圧倒的な力の差がそこにはある。
「戦う事でしか、己を護れなかった人間を知っているか?戦場が自分の生きる場所でそれが平穏にすら感じてしまう人間を…お前達に貶す権利があると思っているのか!!?」
ひゅっ。
風の鳴る音がし、気付いた時には一人の身体を吹っ飛んでいた。
「…すぐに楽になれると思うな、と」
月光がレノの髪を妖しく照らす。
電磁ロッドの出力を最大にし、照準を合わせ、振り下ろした瞬間。
ドアが開き、大剣が飛んでくる。
壁に深々と突き刺さり、レノはそのままドアを睨む。
「それ以上は勘弁してやってくれないか。馬鹿な奴等でも一応は人手不足のソルジャーなんでね」
黒髪の男がにこやかに近寄ってくる。
「…ソルジャー1st…ザックスだったかな、と」
「まあ、俺の名前はどうでもいいだろ?そこの2人は俺が責任もって叱っておくから、ここは見逃してくれないかな?」
「叱る?冗談じゃないぞ、と。そいつらは俺の愛しい奴をぼろくそに貶してくれたんだからな…同じ以上のメにあわせないと俺があいつに合わせる顔がないぞ、と」
「まあ、そういうなよ。あんたにとっても悪い結果にはしないからさ。…それに、俺もが大好きだしな」
ぴくりと柳眉を動かし、レノはザックスの横を通り抜ける。
「……迂闊にしてると……アンタの恋人、逃げていくかも知れないぞ?」
「…フン。言ってろ、と」
電気のついていない部屋から外を見る。
「…。ソルジャーにはお前の力がまだ必要なんだよ」
走り去る車を見つめ、ザックスは低い声でそう言い放った。

To Be Continued