You do anything there?
ソルジャーの、独特の制服に身を包み(制服というよりは甲冑めいたものだけど)は長い髪を上で一つに纏め上げた。
「よぉ、」
「…おはよ、ザックス。今日は遅刻しなかったのね」
無駄な装飾がない代わりに、洗練されたそのプロポーションを惜しげもなく強調する制服に目もくれず、ザックスはざぶざぶと顔を洗った。
「任務の後、トラックの後ろで寝てたんだよ、俺ぁ」
「………トラックの持ち主、相手が貴方じゃなかったら今頃蜂の巣にしてたと思うわよ」
呆れた、という口調では呟いた。
バスターソードを傍らにおいてザックスはくぐもった笑いをタオル越しにに聞かせた。
「そういえば今日……新人が一緒だって聞いたか?」
「新人?」
「クラウドとかいう…って知らないか」
「そうね、何人もソルジャーになるためとか言って兵士として新人としてくるけど、殆ど役に立ちはしない木偶ばかりじゃない」
ヘアピンを口に咥えて、はきっぱりと言い放つ。
長い髪の毛をどうして切らないのか、とザックスは前聞いた事があった。
お世辞にも長い髪は戦いやすいとは言えず、反対に戦いにくいものがある。
規約にこそないが、殆どのソルジャーは髪を短く切っていた。最も、女性のソルジャーというのは前例がなく、上もほとほと手を焼いているという噂もあるが。
は。
きっぱりと言い放った。
この髪は私が私でいるためのものよ。貴方が私の髪について色々という権利はないわ。
その時は、確かにそうだ。と納得したが。
考えてみれば、納得したらいけないだろう。
「準備はよくて?ザックス」
「おう。いつでもOKさ」
「じゃあ、行きましょ」
手と手をパン、と空中で叩きあうととザックスは連れ立って暗い長い廊下を歩いていく。
ただ、真っ直ぐな廊下を言葉もなく歩いていくといきなり目の前が明るくなる。
その眩しさに僅かに目を細めながら、は深々と溜息をついた。
廊下を歩いている時には人格の切り替えをしている。今は、ただのではなく、死神としての。余計な言動が嫌いで、依頼されれば赤子でさえも容赦なく殺すという、死神。
眼前に居る、思い切り新人です。という表情をしている、金髪の少年は二人を見てあどけない表情をより一層あどけなくした。
「ク、クラウド=ストライフです!今日はよろしくお願いします」
「ザックスだ。まあ、緊張しない程度にな。怪我したり、死んだりしたら元も子もないし」
ちらり、とクラウドはの方へ目を向けた。
「ああ、そっちはだ。……今はちょっと無愛想だけど、仕事前だから気にするな!」
ばしばしとザックスは激しくクラウドの背中を叩く。
少し戸惑った表情のクラウドに視線を投げて、はさっさと車のキーを持ち出した。
「……行くの?行かないの?」
「わりぃわりぃ」
前触れもなく投げられたキーを空中で掴むとザックスはバスターソードを片手に神羅ビルを出て行った。
新人が同行するということもあってか、今日の任務は至って簡単なものだった。
ミッドガル・七番街の片隅に溢れたモンスター達の撤収作業。
はっきり言って。
物足りない。
派手に散弾銃をぶっ放すわけでもなく、は散弾銃を車の中に置いて、代わりに短銃でモンスターの頭を打ち抜いていく。
モンスターから出る、緑色のねちゃねちゃした体液もふき取らず、的確に数を減らしていく。
理由もなく、苛々していた。
「へぇ。お前もセフィロスに憧れてるクチか!」
不意にの手元が狂った。
トランス状態のの銃の捌き方は機械よりも正確だといわれているのに、ミスするというのはとても珍しいことだった。
「セフィロスさんは俺…いや、僕の憧れなんです」
「そーかそーか、頑張れよ、クラウド」
銀髪の英雄。
「…終了よ、ザックス」
キィン、と銃が音を立ててガンホルダーの中へ収納される。
刹那。
「ギ、ギギ」
さっき僅かばかりに致命傷がずれたモンスターが渾身の力、と言わんばかりの力でに襲い掛かった。
銃を引き抜こうと手をやるが、一瞬ばかり遅れた。
ザックスの動きでさえも、スルーに見える。
緑色の体液にまみれた口が
の腕に噛み付こうとした、瞬間。
「……大丈夫か?」
「…!」
モンスターの頭を貫通した、正宗。
「追いついてよかった」
「セフィロス!」
ザックスがの元へ駆け寄る。
「」
「…大丈夫よ、ザックス」
ズボンについた土埃を叩きながら、は立ち上がる。
「……ザックス、悪いんだけど、そこの坊や任せてもいいかしら?」
「おう。じゃあ、後始末はしておくからさ、セフィロス、を頼んだ」
何処か会場へエスコートするかのようにセフィロスがを車まで誘導する。
ドアが閉まり、エンジンの音を残して車は立ち去った。
「憧れのセフィロスと会話させてやれなくて悪かったな、クラウド」
「いえ…それはいいんですけど…あの、さんは…」
「あー、大丈夫だ。単にセフィロスに助けられた事に対して自分自身、許せないってトコだろうから夕方には戻ってくるだろうよ」
自分達が乗ってきた車のキーをくるくると回しながら、ザックスはけろりとして言い放つ。
「…どういうつもり?追いついてよかった、何て」
神羅ビルから多少離れたところに建てられたマンションの一室にの部屋がある。
2LDKの部屋にあるわずかばかりの家具達に目をやりながら、セフィロスは言葉を捜す。
「どういうつもりもこういうつもりもない」
「質問が悪かったのかしら?セフィロス。……今日、貴方は違う任務だったはずよ。私に構う暇があったのかしら?」
乱暴な言葉をセフィロスへ放り投げる。
「自分の方の仕事が終わって戻ってみたら、まだ達が戻っていなかったから」
「は。だから何?迎えに来てくれ何て私頼んだ覚えないわ!」
「悪かった」
苛々は
頂点に達していた。
簡単な任務を失敗したという思いと。
それをセフィロスに助けられたという思いと。
何もかもがごちゃごちゃになる。
「何でよ!何で謝るのよ!!」
矛盾していると自分でも思う。
「詰りなさいよ!そんな言い方するなって怒りなさいよ!」
感情の起伏がセフィロスにとっては嬉しかった。
何より、今はトランス状態ではない証拠だから。
「」
「何!?」
はぁはぁと息切れを起こしているが、きっとセフィロスを睨みつける。
「次迎えに行くときは何かの好きなものを土産として、持っていこう」
真面目な顔をして言ったセフィロスに、は我慢の限界だというように笑いをこぼす。
「あは…もうやめてよ…馬鹿何だから」
「何故怒ったのかが判らないから」
「…も、いいわ。また、迎えにきてね。手ぶらでいいから」
はソルジャーを急に辞めた。
はっきりとした理由は知らされていないが、タークスへ転向したらしい。
だが。
「…死神が急に鎌を捨てられるものではない」
セフィロスがに贈った言葉、らしい。
時々、神羅ビルの中で擦れ違う。
「」
「セフィロス。それにザックスにクラウドまで」
ソルジャーにいた頃と違って笑顔が増えたね、とザックスが言うとは困ったような、それでいて嬉しそうな表情をした。
あの頃、貴方の表情は凍っていて、そんな笑顔は見れなかったけれど。
「……」
「何?セフィロス」
「…黒いスーツもよく似合う」
生きていく場所が違っても。
生き抜く理由が違っても。
「有難う」
貴方の笑顔を護れるのなら。
それで構わない。
「ねえ、セフィロス」
くるり、と振り返る。
「私、貴方が大好きよ」
「判ってる」
「自意識過剰ね」
貴方の笑顔を護れるのなら。
……貴方の傍を離れたって、構わない。
【FIN】