The flower which is scattered to a battlefield
「」
「」
時計は午後十時を指している。
いつものスーツではなく、私服に着替えたが気まずそうにビニール袋をデスクの上へ置いた。
「差し入れ。…それと…忘れ物、取りにきたの」
指にはエメラルドの指輪が艶かしく光る。
「レノとうまくいってるようね、幸せ?」
「うん、有難う。…ところで」
嫌な予感がする。
の次の言葉をどう遮ろうか考える前に、は言葉を紡いでいた。
「は好きな人居ないの?」
やっぱりそうきたか。
心中でそう呟く。
「今は居ないわ。私がタークスに入る前に死んだから。
レノにも同じこと聞かれてね、やっぱりそう言ったわ。…二人で私の過去を聞きたいなら、出てらっしゃいよ、レノ」
エレベーターの陰からレノが出てくる。
の隣に椅子を引っ張ってくると座り、レノは気まずそうな顔をする。
「長くなるわよ。どうせならの差し入れをおかずにしたら如何?」
微かに冷房を強め、は椅子に腰深く座った。
「アッシュ」
コスタ・デル・ソル、邸。
「何をしてらっしゃるの、アッシュ」
「ああ、。見つかっちゃったのか」
茶色の髪に黒のスーツを身に纏い、彼は手を泥だらけにしてを見た。
「そんな目立つことしてたら当然ですわ…。スーツ、汚れますわよ?」
春らしい、ピンク色のワンピースに身を包んだが呆れた物言いをする。
キラキラと左耳につけた棒状のピアスが太陽の光を反射させる。
アッシュと呼ばれた青年の、足元にはスコップと色とりどりの花を咲かせた苗が転がっていた。
「春だしね、植えようかなーって」
「そんなの…メイド達に言えばいいのに…。わざわざアッシュがするような事じゃないでしょう?」
「判ってないね、。こういうのはね、自分の手でやる事に意義があるのさ。それに、ここならの部屋からよく見えるだろ?つまりはそういう事さ」
「判らないわ、アッシュ」
ざくざくと土を掘り起こしてはその中へ苗を放り込んでいく作業を見つめ、はつまらなさそうに溜息をついた。
神羅カンパニー・総務部調査課に属しているアッシュは邸の空き部屋に住ませてもらっていた。
神羅軍事学校を優秀な成績で卒業後、神羅カンパニーへ入社したはいいが、住む場所がなく、の父親が娘の家庭教師代わりにもなるだろうと目論み、連れてきた。
アッシュ=フレイビート。
実際のところ、家庭教師というのは名目上で(家庭教師など要らないほどは優秀なため)実質上、彼は婚約者という立場におかれていた。
「この花が、毎年の部屋から見える位置に咲き誇る姿を想像してごらんよ。綺麗だと思うよ」
「そりゃ…綺麗でしょうけど、だからって何でアッシュが…」
「アッシュ様。お電話が入っておりますが」
「あぁ、今行くよ」
最後の一つを地面に植え、アッシュは屋敷の中へ戻っていった。
煉瓦で整えられた一画に植えられた花を指先でつっつくとも屋敷の中へと戻っていった。
神羅カンパニー・総務部調査課。通称、タークスと呼ばれるその課が何を行っているかくらい、も知っていた。
いつ死ぬか判らない。いつ、自分の元を離れるか判らない、危険な課。
「、僕にちょっと付き合って欲しいんだけど」
「構いませんけど」
いつの間に待機していたのか、車の後部座席に乗り込むと音もなく車は滑るように走り出した。
座り心地のいい椅子に身を沈め、は考え事をしているアッシュを下から見つめた。
「アッシュは、花とか好きなの?」
「というか…自然のものが好きなんだよ、僕は。人間が無意味に開拓する事を許されない、あの領域が好きなんだ」
じゃあ、どうしてタークスなんかに入ったの?
聞ければいいが聞けないものは仕方ない、といわんばかりにはその言葉を飲み込んだ。
実際、人を殺した瞬間も見た事ないし、何より、が寝ている時間に帰宅するせいか、タークスに実際居る事すら想像がつかない。
「、降りて」
ショッピングストリートの入り口で車は停まり、アッシュは帰りの大体の時間を告げた。
手をつなぎ、数ある店を通り過ぎてアッシュは一軒の店の中へ入っていった。
黒服の男がドアの前に立ち、恭しくドアを開けてくれる。
中は薄暗い照明になっているが、ショーケースがやけに明るい。
「フレイビート様。お待ち申し上げておりました」
コトリ、とショーケースの上に置かれた平らなビロード仕上げの皿の上にはシルバーに何カラットあるのか、大きなダイヤをあしらったネックレスと指輪が並んでいた。
「、誕生日おめでとう」
「え?」
「誕生日、ちょっと早いけどね」
ネックレスを手に取り、の胸元へダイヤが来るように調整し、ホックを止める。
「うん、似合うね、やっぱり」
「あ…ありが、と…アッシュ」
左手の薬指にシルバーリングがはめられ、は照れたように下を向いた。
「…何かあったら、ここに持ってくるといいよ」
「うん」
それが。
この装飾品の修理を意味した事ではないとするのは、間もなくだった。
次の日、アッシュはちょっと長期で仕事が入ったから暫く戻れないと言い残し、邸を後にした。
アッシュが仕事に行ってから数日後。
「よく降る雨ですね、お嬢様」
「…そうね…。折角、アッシュが植えた花…枯れちゃわないかしら…」
「大丈夫だと思いますよ。アッシュ様が出掛ける前に屋根を作っていらっしゃいましたから」
「そう…」
まるでバケツをひっくり返したように降り注ぐ雨の向こうに、アッシュの植えた花は夜も近いせいか、霞んで見える。
嫌な予感が過ぎる。
雨の所為だと必死に自分自身に言い聞かせ、は落ち着かせようと淹れてもらった紅茶を身体の中へ流し込む。
カタカタと身体が震える。
「お嬢様、アッシュ様からお電話です」
「…っ」
動じたふりを見せずには受話器を受け取る。
「も、もしもし?アッシュ?」
『?僕の言う事をしっかり聞いて憶えて。一度しか言わないから』
急いでいるのか、電話越しのアッシュの声は上ずっている。
『八番街、魔晄炉前、魔晄は危険。そして、。愛してるよ』
「アッシュ…?」
『Eternity continues loving you』(君を未来永劫、愛し続けるよ)
ブツッと不穏な音と共にアッシュの声は途切れた。
「…誰か車を用意して頂戴…!八番街へ行きたいの!」
傘も持たずには車へ乗り込んだ。
この土砂降りの中、誰も外出はしていないようですぐに車は八番街へ到着した。細い路地を車は進んでいく。
八番街、魔晄炉前。
そこに、彼は、居た。
土砂降りの雨の中、アッシュは地面に横たわっていた。
「…アッシュ?」
ドクンドクンと心臓が五月蝿いほどの鼓動を告げる。
緩やかに走っている車から飛び出し、はアッシュの傍へ近づく。
「……」
「アッシュ……」
アッシュの身体を抱き起こす。
ぐっと腕を掴まれ、アッシュはの耳元で呟く。
「ごめん、。…幸せにして、あげれなくて」
雨と共に白いワイシャツを赤く染めているものが地面へ流れていく。
「君に逢えて、僕は幸せだった」
抱き締めた、アッシュの身体が
段々
冷たくなっていく。
「泣かないで」
眠るように
静かに息が
か細くなり。
冷たい雨ではなく、涙が頬を伝う。
「お嬢様」
「アッシュを…連れてってあげて。このままじゃ…風邪ひいちゃうから…っ」
ぼろぼろと涙がこぼれる。
雨に濡れるのも辞さないのか、執事はアッシュを抱き上げ、車へ乗せた。
「お嬢様もお風邪を召します。お乗りください」
「ごめんなさいね、私、行くところがあるから…先に…帰っててください」
何かあったら
ここに来るといいよ。
執事の声も届かないのか、はふらふらとあの店へ向っていた。
ドアの入り口に立っていた男達はを見て一瞬戸惑いの表情を見せたが、すぐにドアを開いた。
「…貴方は確か…フレイビート様の」
東洋系のその店主は磨いていた宝石をショーケースの上に置くと手近にあった大判のタオルを何枚か持ってへ近づいた。
「アッシュが殺されたわ」
濡れた髪や身体を拭いてもらいながら、は搾り出すように呟く。
「何で…何で、何で!?何でアッシュが殺されなくちゃいけないの!アッシュが何をしたの!」
柔らかな絨毯の上に膝をつき、肩にかけられたタオルで顔を覆い、は声を殺して泣く。
胸元に光るダイヤのネックレスが店主の手により、外される。
「フレイビート様に申し付けられて、私はこのダイヤに細工を致しました。…フレイビート様は注文してくださったとき、こう言われました。自分にもしもの事があったら、その中のマイクロチップを様へお渡しして欲しいと」
カチリと小さな音がしてダイヤが石と土台とで離れる。ダイヤの中は空洞になっており、そこにはマイクロチップがはめ込まれていた。
「これが、フレイビート様が命を賭して護ろうとしたものです。様、貴方にはこれを引き継ぐ責任がある」
店主がの前に出したノート型パソコンのディスプレイには、アッシュがまとめたらしい魔晄の危険性についた論文が並べられていた。
そして、これは公表すれば神羅カンパニーは潰れるであろう事実までもが。
「こんなもののために…アッシュは殺されたの?」
「関係ない人から見ればつまらないものでも、必要な人には人一人の命より尊いと思うものなんでしょう」
左手の薬指に嵌められた指輪を右手で包むように握り締める。
「私は許さない…。絶対に、アッシュを殺した奴も、それを命じた奴も、絶対に許したりしない!」
「…ねえ、レノ。憶えているでしょう?貴方の初任務、八番街の魔晄炉前に居る不審人物の殺害、でしたものね。ターゲットは、反神羅組織の幹部、だったかしら?報告書に添付されてた命令書に書かれていた名前は偽名だったから忘れちゃいましたけど、写真はアッシュだったわ」
くすっと笑い、は席を立った。
「タークスの初任務は八番街の警備…。笑わせてくれるわ」
あの後、八番街へ降り立つだけでもあの時の光景がフラッシュバックし、気持ち悪くなったというのに。
「憶えていて?レノ。ルードやツォンと一緒に、貴方が八番街へ行ったとき話をしていた事を」
「……八番街へは結構行ってるからな、憶えてないぞ、と」
「思い出させてあげるわ。
…俺の初任務は散々だったな。あの土砂降りの中、人殺させられて持ってるはずのデータをとってこいだったんだぞ、と。結局、データは持ってなかったし、主任にはお小言を食らうし、最悪だった。
…最悪?冗談じゃないわ。あんたがそれくらいで最悪だっていうのなら、私の気持ちは何て表現すればいい!?」
震える手を握り拳にしてはレノを睨みつける。
「だから、私は誓ったのよ。何年かかろうと、どれだけの財力を使おうと、どんな卑怯な手段を用いようとも、私はこの神羅を潰してみせるってね」
「俺達にそんな事言っていいのか、と。俺達がこれを上に報告したら、クビは免れないぞ、と」
「馬鹿ね、レノ。…貴方達とこのの家の一人娘の私と、どっちの言葉が信憑性があると思ってるの?
それに。…貴方が必死に探したデータは私の掌中よ?これが公表されたらどうなるかしら?」
…は、とレノは諦めの溜息を漏らす。
ミッドガルだけではなく。この世界の経済を支えるもの。それは。
魔晄炉を持っている神羅カンパニーではなく。
「…そういうことよ、レノ」
…家。
コツコツとヒールの音が響く。
「」
いつの間に居たのか、エレベーターホールから見た事のある男が現われる。
「お前…!」
「近づかない方がいいわよ、レノ。の前で醜態を晒したくないでしょう?」
電磁ロッドを持ったまま、レノは動きを止める。
いつの間に出したのか、レノに突きつけられているショットガンと短銃。
電磁ロッドで振りほどくよりも、が発砲する方が早いだろう。
「今日はこの辺で帰るわ。…また、明日ここで逢いましょうね。レノ、」
踵を返し、はエレベーターへ向う。
その後ろを店主が追いかけるように続く。
「ああ、そうそう。言い忘れてたわ。…私ね、自分が幸せだから他人も幸せだろう、他人も幸せにしてあげようって考える人が、この世で一番大ッ嫌いなのよ」
ヴンと音を立ててエレベーターは開いた。
想いが交錯する中、レノは泣き崩れるを抱き締めるしか、できなかった。
To Be Continued