A box of Pandora
「本当にいいんですか、あれで」
飛が呟く。
「いいも悪いもないわ。…第一、私は…本当に神羅をどうこうしようなんて考えていないんだもの」
飛が開けた車の助手席に乗り込む。
「アッシュが教えてくれたのよ。人は誰かを憎みながら生きていけるって。…私には人を憎む方法がよく判らないけれど…レノやなら、この先、神羅が私の所為ではなかったとしても、どうなってもきっと私を憎んで生きていけるでしょう?
私だって判っているのよ…。レノは命令されたからアッシュを手にかけたって事くらい」
「…」
「神羅を潰すのが私の目的じゃないわ。何故、アッシュが殺されたのかを知る事が私の最終目的だもの。…機密保持のところへ乗り込んでそれを調べる。上に捕まっても、憎まれてればあの二人は加担した事にならないんじゃなくて?」
人を憎むくらいなら、人に憎まれた方がまし。
人を憎まずに過ごしなさい。
心豊かに、心にゆとりをもって過ごしなさい。
「……本当にこの世に神様何て居るんだったら……逢ってみたいわね、その神様に」
「アッシュを生き返らせてください、ってお願いするんですか?は」
飛の問いかけに、は首を左右に振った。
「平和な世の中にしてくださいってお願いするのよ……」
「私は、が心穏やかに生きれる世界を望みますよ。それがアッシュの望みでもありますしね」
「おはようございます」
エレベーターから姿を現したのは、だった。
妙に静かなのを不審に思いつつ、はざっと周囲を見回す。
が、ツォンもルードもそこには居なかった。
時計を見るが、始業時間ギリギリなのを見ると朝から任務に行っているという事なのか。
とレノは相変わらず、席に座っていた。
(…昨日の今日だもの。挨拶何てする訳、ないわよね)
小さく溜息をついては自分の席へ鞄を置き、化粧室へ向かった。
洗面台で化粧を直している自分の姿の後ろに、が映る。
「どうかして?」
「昨日、アッシュ先輩の夢を見たの」
「だから?」
パチンと音を立てて口紅のふたが閉まる。
「人を疑ったり憎んだりする事ができない人だってアッシュ先輩言ってたわ、昔」
昨夜は脅えて泣くだけしかできなかったのエメラルドグリーンの色の瞳が鏡に映ったをまっすぐに射抜く。
「それで?はこう言いたいのかしら?私は本当は優しい人だって?アッシュがに話した『私』と今の『私』は違うのよ。人を疑うし、人を憎む。……友達のフリして貴方を騙すくらい、どうって事…」
「違うの!」
の言葉をは遮った。
「私…私は…!」
言葉にならない。
「アッシュ先輩に、に逢う事があったら…っ友達になってやってくれって言われて…!」
ぼろぼろと大粒の涙が頬を伝って床にしみを作る。
「…馬鹿ね、…」
そんなの、知ってるわ。
だってあの日、アッシュはとても嬉しそうに帰ってきて。
私に、同性の友達ができるかも知れないぞって話したんだもの。
僕に何かあったらタークスへ入れ。
それこそ、どんな手段を用いても。
…それがどういう意味だったのか、今となっては真偽の程は判らなくても。
『何か』がアッシュが死ぬという事だって判らなかったんだけれども。
でも。
「知っていたわ、それくらい…」
やるせない気持ちのまま、はを抱き締めた。
アッシュが自分のために手に入れてくれた人を。
「…私が、貴方を憎める訳がないのよ…、…」
私にとって貴方は生まれて初めてできた、アッシュ以外の友達で。
「だけど…っ私の我儘でとレノに迷惑かける訳にはいかないじゃない…!」
ぼろぼろと涙がれ落ちる。
「ふぇぇ……っ」
に抱きついて子供のように嗚咽をこぼす。
「わ、私だってアッシュが殺されたのは…っ仕方ない事だって思ってたもん…っ!タークスだから、仕方っないんだってっ。でもっでもぉ…っ仲間にどうして殺されなきゃいけないのかっ…わか、んな…っ」
レノだって、きっとのっぴきならない事情があって。
アッシュを手にかけたんだと思いたい。
「馬鹿!どうして言わないのよぅ…っ」
「だ、って…っ。私の所為で迷惑っ…かけた、くない、よぅ…っ」
流石に女子トイレに入る訳にも行かず、時々外へ漏れる音を聞きながらレノは深々と溜息をついた。
「ここが資料室…」
「飛が偽造してくれたこのIDで入れるはずなの」
カシッと軽い音と共にIDカードがセンサーを通過する。
赤いランプが程なく緑色に変わり、厳重に管理されている事を証明する分厚いドアは開かれた。
「防犯カメラも異常なしで映してくれるっていうんだけど…時間制限が三十分らしいから…」
「レノさんへ出された指令書の詳細を手に入れればいいんですよね」
きゅっと白手袋をし、とは二手に別れた。
「ない…っ」
一冊一冊ファイルを取り出し、捲っていく。
「!もうすぐ時間になっちゃう…っ」
「あった…っ。あったわ、!」
資料室を出ようとしたの手が止まる。
完全に時間を過ぎている。
まずい、と呟いた。
まだ、映像は異常を感知していない。だが、ここで扉を開ければ途端にばれる。
「迎えにきたぞ、と」
ふ、と。
灯りがさす。
それは、あの日、最後に見たアッシュと同じ笑顔で。
「レノ…」
「レノさん…どうしてここが…」
「それは後だ、と。とりあえず、早く出ろよ、と」
そのままレノに促されるまま、とは屋上へ向かった。
屋上から見上げた空に星はひとつも出ていなかった。
「はー…」
深々とが溜息をつく。
「どうしてレノがあそこに?」
「宝石屋の主が教えてくれたんだぞ、と」
それだけ言ってレノはにカードを飛ばす。
『あんたがアッシュを殺した張本人なのは知ってる。…が、今、を助けてやれるのはあんただけらしいから、これをあんたに託す』
『俺なんかを信じていいのかな、と』
『…ハン、俺様は鑑定士だぞ…?あんたの目は宝石と一緒で嘘をついてない。…だが、に万が一の事があってみろ。…俺様はお前を殺してやるからな』
ぐい、とがを引っ張った。
大事そうに抱えていたファイルをはに手渡す。
「有難う、、レノ」
真実が、手に入った。
後は。
これを見るだけ。
「レノ!」
「ん?」
ぎゅっとファイルを抱き締めては俯いたまま、言葉を探す。
「この前は…ごめんなさい」
「あー気にしなくていいぞ、と。粗方の事は聞いたし…もし、なんだったら今度、酒でも奢ってくれよ、と」
「ええ、そうするわ」
「……パンドラの箱は手に入れたんだから、後はそれを開ける勇気を持てよ、と」
中にあるのは…。
「……勿論、俺は…その箱の奥底にある、真実を知っているんだがな……」
誰にも聞こえないほど小さな声で、レノは呟きながらと共に神羅ビルを後にした。
To Be Continued