Leave secrets till the last
「アッシュはルーファウスの義弟だ」
静かに放たれた言葉は衝撃的なものだった。
「ああ、やっぱりか、と」
メイドが出した紅茶はもう温くなっていた。カップを両手で包むように持つとは指先が震えるのを必死に抑えようとした。
「違う環境で育ったせいか、アッシュにはルーファウスのような残虐性は全くない。……が、それでも何処か、ルーファウスに繋がるものがあった」
あれは。
飛とアッシュが仲良くなった頃だっただろうか。
珍しく酔っ払ったアッシュが飛の家を襲撃したことがあった。そして手に持っていた一枚の紙切れ。
それは神羅カンパニー総務部調査課通称【タークス】に配属が決まったことを記すものだった。
『よかったじゃないか。神羅の軍事学校卒業して神羅に入れなかったら、のたれ死ぬしかないって言ってただろう』
『………違ったんだ』
『何が?』
『僕が神羅の軍事学校に入学できたのも、神羅に入れたのも、……副社長のルーファウスが荷担してたんだ……』
『……神羅に入れただけなら、判るが……軍事学校まで?』
「ルーファウスはありとあらゆる手段を用いてアッシュを見つけようと躍起になっていたらしい。多分、自分の懐刀にするためだろうがな。
思惑通り、アッシュは見つかった。コレルで………恵まれた才能を持ってな」
片道分の交通費は。
絶対落ちないという保証があったからだ。
そしてあの日が来た。
あの日、八番街で。
「死んだのは神羅の兵士。に電話をして、死んだフリをしたのはアッシュだ。だが、死体がなければに怪しまれる。……そして死んだのは」
「俺が殺した奴か、と」
「ああ」
そこで一度飛は言葉を切った。
「話中、失礼するぞ」
ノックも無しに、いきなり入ってきたのはと同じ栗色の毛の青年二人。
「始めまして、の人が二人居るね。俺はから見たら次兄の霧、こっちは長兄の澪だ」
ブランドのスーツを着た霧が簡単に説明をする。
そして持っていたA4サイズの封筒を飛に向かって差し出した。
「アッシュ=フレイビートとグレイ=フレイビートに関する調査書だ。……ったく、苦労したよ」
「…グレイ=フレイビート?」
「お前くらいだ。を盾に俺達を脅すような奴は」
「すいません。俺様も仲間を使う訳にはいかなかったもので」
悪びれた様子もなく、飛は渡された封筒の封を切った。中に入っている書類は膨大な数で、それを飛はぱらぱらと捲る。
「ああ、やっぱり」
ばさっと飛は調査書をテーブルの上へ投げ捨てた。
あの時、感じた違和感がやっと一つになり、飛は納得したという表情を浮かべる。
「あの、飛さん」
「グレイ=フレイビートは名前から推測できるようにアッシュ=フレイビートの双子の弟だ」
飛の代わりに澪が答える。
投げ捨てられた調査書をぱらぱらと捲ってレノは、小さく鼻を鳴らした。
「………アッシュはタークスに入った直後に殺されているぞ、と」
「じゃ…じゃあ……さんが…アッシュ先輩だと思っていた人は……」
「ああ、アッシュじゃなかったって事だ」
「……そんな……!」
が口許を押さえる。
「これではっきりしたな。…アッシュ…否、グレイがアッシュに成り代わっていたから、奴はタークスに入ってからずっとこの家には帰ってこなかったって訳だ」
ふん、と澪が鼻を鳴らす。
「…じゃあ、じゃあ…。さっき話してた死んだフリをしていたのはアッシュ先輩じゃなくて…」
「双子の弟、グレイだよ。雨でしかもそんな状況じゃ、如何にとはいえ、本物かどうかの区別なんてつかないさ」
がくがくと全身が震える。
「……怖いことをもっと言うならこのマイクロチップを俺様に託した直後に、アッシュは殺されてる」
飛の言葉には言葉を失って、息を呑んだ。
「そういえば、は何処へ?」
霧が目だけを動かして見渡し、飛に尋ねる。
「屋敷内に居るとは思う。……じゃなきゃ、中庭か」
言った瞬間、嫌な予感に澪と霧が眉根をひそめる。
「大丈夫、俺様が手を打っていないわけがないんだから」
「…、様?」
中庭をずんずん歩いていたにいきなり声を掛けてきた、色素の薄い茶色い髪の毛を乱雑に切り揃えた少年だった。
「誰?」
「茉莉と申します。飛様の配下の者です。以後、お見知りおきを」
にこり、と笑って目の前の少年はに視線を合わせる。
「飛の配下……?そんな人が私に何の用事なのかしら?」
「ああ、それは」
ちゅいん、と耳を劈く銃声に茉莉はの腕をとった。
「こちらに。僕の役割は貴方を護ることですから」
自分の後ろにを隠すと、茉莉はゆっくりと銃を取り出す。
弾丸は一つとして二人を傷つけようとはしていなかった。
唯の威嚇射撃のつもりか……?弾が飛んでくる方向を茉莉は目を凝らす。
「やあ、」
何時の間に現れたのか、目の前には男が一人。
ぞくり、とした。
気配を断って、目の前に、居るのだから。
「アッシュ…?」
「様!」
「…飛の配下だって言ってたっけ?…ふぅん、ちょうどいいや」
ぱちん、と指を鳴らすと茉莉の身体を男達が拘束する。
地面にもんどりうち、は思わず茉莉の方へ手を伸ばした。刹那、油圧式無針注射がの首筋に宛がわれ、ぷしゅっという音と共に、体内に麻酔薬が注入される。
「……飛に伝えるといい。は俺が預かった、ってな。無事に返してもらいたかったら、例のマイクロチップと交換だ…そう伝えろ」
「待て!」
「……いいのか?お前がここで無駄な行動をしたが故に、彼女がどうなっても」
ぐったりと四肢を投げ出しているを抱きかかえている姿に茉莉は逸る気持ちを抑えて邸内へと戻った。
応接室のドアを派手に開けると茉莉は飛の傍へ歩み寄って跪いた。
「…申し訳ありません、ボス」
「……ま、まさか」
飛ではなく、澪と霧が息を飲んだ。
「落ち着けよ、兄さん方。……あのが早々簡単に殺されたりするかっての。
レノ、携帯持ってるよな。…貸せ」
「自分のはどうしたんだよ、と」
スーツのポケットから出した携帯を飛に投げて寄越す。
「充電が切れる訳にはな……」
慣れた手つきで憶えている番号をさらさらと押す。
何度かのコール音の後に繋がる相手。
『…もしもし?』
知らない電話番号だからだろう。緊張しながら出た相手に飛は口角だけ上げて微笑んだ。
「おぅ、ユキ。……俺だよ」
緩やかな口調で飛は相手の名前を口にした。
To Be Continued