The person who is protected for strong light


アッシュ=フレイビート。
神羅軍事学校に特待生として入学した【私】の先輩にあたる人。
色素の薄い、細い髪の毛に左耳につけた棒状のピアスが目立つ。
得意武器はナイフ。
人当たりがいい、所謂、いい人。
そして。
家の一人娘の婚約者。

パタン

は自分の家にある、リビング内のテーブルの上に広げておいてあった一冊の本を閉じて溜息をついた。
どうやら神羅軍事学校に勤めている父親がしまい忘れたものらしく、そこには優秀な生徒に関する考察が書いてあった。
中には、自身の娘である、の事も書いてあったが、一番最初のところにでかでかと興奮を抑えきれないといった様子の文字で書かれていた、一人の名前。
アッシュ=フレイビート。
彼の簡単にまとめてしまえば、最初の七行で収まってしまう。
(…アッシュ先輩か……そういえば、私もお世話になったっけ)
ふっと何故か思い出す、あの頃の記憶。
卒業が押し迫ったこの時期に、は何故か二度と関わる事がないだろうと思っていたアッシュの事を思い出していた。



が入学したての頃。
「あの金髪が…」
「…教官の娘なんだってな…」
ひそひそと囁かれるの事。
この学校へ入る事が決まって以来、そういうことは日常茶飯事だった。
羨望でも、嫉妬でもない、単なる誹謗中傷。
「そこの新入生。早く体育館行かないと式、始まっちゃうよ?」
ぽこんと紙を丸めたものでは頭を小突かれ、ゆっくりと顔を上げた。
そこに居たのは、茶髪に棒状のピアスをつけた少年とも青年の中間の、人。
「あれ?新入生じゃなかった?」
あたふたと慌てる様子の彼に一瞬きょとんとしてはくすっと笑いをこぼした。
「いいえ、先輩。私、新入生です」
「じゃあ、早く行かなくちゃ。式に遅れると先生方の評価、下がっちゃうからね」
温和そうな笑みで彼はを送り出した。
形式ばかりの入学式は目立った混乱もなく、三十分ほどで幕を閉じた。
これから。
ここで人を殺すための勉強をさせられる。
そして優秀だった人は………。


「あれ?ちゃんだっけ?一人で昼飯?」
ある午後の昼下がり。
校内にある唯一の自然、楠の木の下では弁当を横において塞ぎこんでいた。
気分が悪くなった訳ではなく。
ただ。
「フレイビート先輩」
「アッシュでいいよ、僕の事は。どうかしたの?気分でも悪い?」
の隣に腰を下ろし、アッシュは心配そうにの額に手を置く。
「熱はないみたいだね。誰かに嫌な事でも言われた?」
「…大した事じゃありません。いつもの事ですから」
教官の娘だから。
甘く見てもらえていい。
そんな事、ある訳ないのに。
此処に居れば居るほど、の居場所はなくなっていく。
陸に揚げられた魚のように、段々息ができなくなって。
息をするのも苦しくなって。
……そして、いつかは、死んじゃうんだ。
「僕と友達になろう、ちゃん」
「え?」
きょとんとした顔をはしたのだろう。
隣には。
悪意も裏表も、下心も何もない表情で自分に手を差し出しているアッシュが居た。
「っても僕は今年で卒業な訳だけど。それでも僕はちゃんに笑っていて欲しいんだ。ちゃんが嫌じゃなければ僕と友達になろう?」
ああ、多分、この人は。
人の痛みを理解できる人ではないんだろうけど。
でも、この人は。
人の痛みを自分の痛みとして共感できる人なんだ。
はゆっくりとその手を握り返した。
「アッシュ!次の時間、実技に変更だって!早く行かないと教官にどやされるぞ!」
「判ったー!すぐ行くよ!
じゃあ、ちゃん。また後でね」
「はい、先輩」
ひらひらと手を振ってアッシュは呼びかけたクラスメートの元へ駆けていった。
も、手をつけていない弁当箱をそのままにクラスへと帰っていった。

「さっきの子、新入生?」
制服の上からガンホルダーをつけ、そこへ短銃を差し入れる。
薬莢の数を確認し、装填すると新しく薬莢を準備する。
ゴーグルをつけ、目の前の台の上にヘッドフォンを置くと二人は椅子に座り、教官の来るのを待っていた。
「そう。お前は入学式出席しなかったから知らないだろうけど、新入生代表で挨拶したんだよ」
「優秀だねぇ」
感嘆の溜息をついて薬莢の数を確認する。
「そういえば、アッシュはタークス入れそう何だって?」
「んー…でも実は余り興味ないんだ、僕」
はは、とアッシュは乾いた笑いをこぼす。
「僕はとその日暮らしができればいいんだ。そして、そこにフェイが居てくれれば」
「フェイ?」
「ああ、うん。最近仲良くなったんだ。八番街に店を構えてる宝石商の息子でね。東洋系なんだけど…『飛』って書くんだよ」
「へぇ。今度俺にも紹介してくれな」
いいタイミングでチャイムが鳴り、教官が姿を現す。
一斉に立ち上がるとアッシュ達は短銃を抜き、ヘッドフォンをつける。教官の合図がヘッドフォンの中で「ビー」という音がし、発砲音を打ち消すようにヘッドフォンの中へ音楽が流れる。
静かな、バラードは短銃を使うことで昂ぶって行く精神をぐっと押さえつけていく。
ザララララララと音を立てて足元に空の薬莢が転がっていく。
長いバラードが終わる頃、ただ短銃を使って目標を狙って打ち続ける授業は終わった。
今年卒業する生徒にとって就職先が決まっている者は放課後は暇なものでしかなかった。
それはアッシュも同じらしく、鞄を持って校内をふらついていた。
校内施設には図書館を始め、銃の訓練施設、ナイフの訓練施設など様々な武器に対応した施設があった。
本決定ではないとはいえ、神羅カンパニー内のタークスに入る事がほぼ決定しているアッシュは何の気なしに一つの施設を覗いた。
(お)
ちゃん」
人型の模型にナイフを投げているに声をかけると、は慌ててナイフを下ろした。
「明日試験があるもので…」
「短銃は得意だけどナイフは苦手なんだってね」
棚からナイフを一ダース取り出すとアッシュは上に放り投げ、回転して落ちてくるナイフの柄を掴んだ。
「ええ…短銃は幼い頃から父に教えてもらっていたので…。でもナイフは…」
ぎゅっとナイフの柄を掴んでは俯く。
「手首のスナップが効いてないんだと思う」
持っているナイフをアッシュは投げる。
しゅっと空気を切り裂く音がし、ナイフは人型の額の部分に深々と突き刺さる。
「短銃であれだけ綺麗なフォームができるくらいだし…急所の狙い方もばっちりだった。ナイフだって急所の狙い方はいいみたいだから、後は手首のスナップが問題なのかも知れないね」
鞄を椅子の上に乱暴に置くとアッシュは上着を脱いだ。
「よし、どうせ暇だし、特訓に付き合うよ」
「いえ、そんな悪いですよ!」
「気にしなくていいんだって。どうせ今日は鍵を忘れちゃったから家に夜まで入れないんだ。僕の暇つぶしにもなるんだよ」
ずらっとナイフを目下に並べる。
その一本を手に取り、アッシュはの手本を見せる。
アッシュ=フレイビート。
得意武器はナイフだとクラスメートの女子が言っていた気がする。
優しくて、ちょっと頼りないところがいいんだとか何とか。
「…って、訳」
「なるほど。投げる瞬間に私の場合下に向けてたんですね」
「そう。僅かな差がいざという時、命取りになる場合もあるからね」
手首を下に向けない…と小さく呟いてはナイフを放った。
ズドンと小気味いい音をたてて、ナイフはまっすぐに喉の辺りを突き破っていた。
「あんな軽く投げたのに…!」
「ナイフは力じゃないんだ。どれだけ非力な人でもきちんとフォームや基本さえ押さえていれば、誰でも急所を突く事ができる」
驚きながらは準備したナイフを片付け始めた。
外を見ればもう夕陽はかなり西へ傾いている。
ちゃん」
「はい?」
「僕の婚約者さ、って言うんだけどさ。もし、今後、に逢う機会があったら友達になってやってくれないか」
驚いて振り返ったの眼に、夕陽がアッシュの白いシャツに反映して眩しく映る。
「アッシュ先輩の婚約者の方って…確か…あの家の一人娘っていう人ですよね」
「そう。…猫みたいに気まぐれで、意地っ張りなくせに寂しがり屋、そして、友達が誰も居ない子でね」
「…褒めてるんですか、貶してるんですか、それ」
がくすくすと笑う。
「褒めているんだよ、一応ね」
だって、あの子は家の外を全く知らない子だから。
甘やかされて育ったなれの果て。
「基本的にはいい子何だ。人を疑う事も知らない、憎む事もない。欲しいものは何でも手に入る環境で彼女が手に入らないものって何だと思う?」
「さあ……」
「友愛ってやつだね。だからこそ、僕はちゃんにお願いしたいんだ。
僕はきっと卒業したらタークスに入るだろう。ちゃんもきっとね。…もし、タークスに入り、僕に何かあったら彼女は生きていけないかも知れない。冗談じゃなくてね。人は、誰かを憎みながら生きていけるものだけど、人を憎めない人は憎んでいるフリをしても生きていけないものだから」
僕が普通に病気や自殺で死んだのなら、彼女は違う何かを糧に生きていけるかもしれない。
だけど、もし、僕が殺されたら?
…人を憎んだ事のない、が、今後精神に異常を来たさずに生きていける保証何て何処にもない。
もし、その時、僕じゃない、他の誰かが支えになってくれれば、きっと。
…生きていけるはずだから。
僕を殺した人を憎んだフリをしながらも、きっと生きていけるはず。
「判りました!お引き受けします」
「有難う、ちゃん」
そういって笑ったアッシュの笑顔をは多分一生忘れない。



(…入って二年…今年の春、アッシュ先輩は殺されたって聞いたな…)
八番街の魔晄炉の前で殺されたという。
、早くしなさい」
「…はい、お父さん」
先輩。私、今年卒業してタークスへ入ります。
先輩が何で殺されたかを追及するつもりはありません。タークスはいつ死ぬか判らない組織、そう言い聞かされたから。
先輩が言っていた、先輩の婚約者の人は必ず見つけ出して、友達になってみせますから。
だから。
心配しないで。



トン
タークスに入るため、神羅ビルを訪れたが入り口で肩と肩がぶつかり、慌てて顔をあげる。
そこには栗色の長い髪の毛をポニーテールにした女性が居た。
「ごっ、ごめんなさい」
「私こそ…余所見してましたから。怪我はありません?」
「あ、はい」
シックなスーツを着こなしている女性をは思わず見つめていた。
さんですか!?」
「ですけど……」
「わ、私、と申します。あの、よかったら友達になりませんか!?」
(……って、絶対断られる……)
びっくりした顔をして、そのあと、はくすりと笑った。
「こちらこそよろしくお願いしますね、
にっこりと微笑んで。
手をつないだ。

FIN