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For example, there is such an encounter, too


アッシュ=フレイビート。
飛=流華(フェイ=リーファ)。
出身も、育ちも全く違うが、仲がいい。
出会いは、アッシュが神羅軍事学校に入学したばかりの頃にまで遡る。



「…しまった…迷った」
地図を片手にアッシュはぽつりと呟いた。
入学案内と共に入っていた地図は大まか過ぎてわからないというのが本音。
(今日が入学式じゃなくてよかったよ、本当)
はぁぁぁ、と深々と溜息をつき、アッシュは見慣れない辺りの風景を見回した。
自分が住んでいたところより、遥かに整備された街並みは見ているだけで眩暈を起こさせるような錯覚。
ショッピングストリートと呼ばれているだけあり、店が軒並みを揃えていた。
その中に一軒、看板も出ず、真っ黒の壁に黒いドアの店の前に座っている少年にアッシュは目を惹きつけられていた。
店と同じ、いや、それ以上に漆黒で綺麗な髪の毛。そして、何処か憂いを帯びた表情。
しかも、美形。
(年齢も同じくらいだし…あの子に聞いてみよう)
「あ、あの」
「何でしょう?恋人への贈り物ですか?」
「いえ、道を聞きたいんですが」
「ぁあ?んだよ、客じゃねぇのかよ…」
がりがりと頭を掻き、呆気にとられているアッシュの手から地図をひったくった。
「馬鹿じゃねえ?アンタ、方向音痴だろ」
ぐさぐさとアッシュが悲しげな表情をする。
「そこの角を左折して、道真っ直ぐ行きゃあ着くぜ」
「ど、どうも」
「女だったら俺様の好みだったのにな、アンタ」
ただでさえ、中性的だの、女性顔だの言われているアッシュにとって今の一言は大打撃に近いものがあった。
「俺様、飛=流華ってな、ここの店の二代目だから」
「アッシュ…アッシュ=フレイビート」
むっとしながらもアッシュは名乗られた手前、自分の名前を名乗った。
「また遊びに来いよ。そん時は美味い茶くらい用意してやるからよ」
さっきまでの毒舌ぶりと似ても似つかない満面の笑顔で飛はアッシュを送り出した。


入学式当日。
つまらない形ばかりの入学式が終わり、いざ帰ろうと校舎を出たところでアッシュはぐっと腕を掴まれた。
「よぉ、アッシュ」
「…フェ…飛!?」
「まーた迷子になってるんじゃないかと俺様心配してな」
「いくら僕でもそこまで方向音痴じゃないんだけど?」
「まあ、そう怒った顔するんじゃないよ。可愛い顔が台無しだぜ?
それはそうと時間あるか?あるな?」
アッシュの返答を待たず、飛はグイグイと引っ張っていく。
確かに学校も終わり、後は世話になっている家に帰るだけで家に帰ったところで取り立てて何もする事はない訳で。
そんな事を思っているうちに見慣れた、飛のお父さんが経営している店の前に到達していた。
黒服の男達の間を通り抜け、正面から入るとそこには何人かの客が宝石や、装飾品を見定めていた。
ショーケースの向こう側には飛に良く似た男性がにこやかに接客している。
「おお、お帰り。飛」
「ただいま、お父さん。こちら、僕の友人のアッシュ=フレイビート君」
「いらっしゃい、アッシュ君」
「こ、こんにちわ」
「お父さん、僕達上で話をしているから、これで失礼しますね」
少し戸惑った表情でアッシュは挨拶を交わした。
こっち、と飛がアッシュを引っ張って二階へと場所を移動する。
部屋に入ると中は案外片付けられていて机の上には綺麗な女性の写真が飾られていた。
アッシュがその写真を食い入るように見ていると、飛がぽつりと呟いた。
「母親だよ」
クローゼットからクッションを取り出すと床へ放り投げる。
「綺麗な人だね」
「俺様も母さんに似ればよかったぜ。こんな男顔じゃなくて済んだのによ」
どさっとクッションの上へ座る。
背伸びして手の届くところにある小さな冷蔵庫から缶ビールを二つ取り出すと一つをアッシュの前へ置いた。
「その歳になって酒が呑めない何て言わねぇよなぁ?」
「いや、でもさ」
「呑め」
仕方なく、缶ビールのプルトップを開け、一口喉へ流し込む。
独特の味と、炭酸飲料とはまた少し違う独特の細かい炭酸が喉の奥へ奥へと流れ込んでくる。
「飛のお母さん…どうしたの?」
「さあ?親父がこっちで店開くって言った時、出てったから、俺様その後の事は全く知らないんだ」
「ふぅん」
ぐっと飛は缶の中身を半分ほど一気に飲み干す。
それこそ、水を飲むように酒を飲むタイプだ。
「飛!ちょっと手伝ってくれ!」
階下からの声に「はーい」とだけ返事をし、何も呑んでいないように階段を下りていく。
好きに待っててくれよ、とだけ言い残すと飛はさっさと店舗へ出て行った。
(好きに…ってもなぁ)
とちびちびと缶ビールの中身を飲み干しながら、アッシュは毒づく。
見事に何も無い部屋に唯一あるのはベッド。
缶ビールの半分くらいをようやく空けた頃、カーテンの開いた窓から夕陽が沈むのが見えた。
ゆっくりと、ゆっくりと静かに地平線へ消えていく夕陽を見つめながら、アッシュは残ったビールを飲み干した。
普段、居候な分、こうして酒を飲む機会など滅多になかったが、こうして呑んでみると意外に美味しいんじゃないかと思う。
何の気なしに立ち上がったアッシュがよろける。
案外、酔いは回っているらしかった。
そのまま倒れるようにベッドへ凭れ掛かる。
気付けば、
うとうととしていた。
二十分くらい後になっただろうか。
飛がその様子を見て思わず笑みを零す。
「…何だ、これっぽっちの酒で沈んだとは俺様驚きだぜ」
炭酸が殆ど抜けている自分のビールを口にする。
炭酸の抜けているビールは苦くて、口に残る味は少しだけ、甘い。
どのくらいの時間が経過しただろうか。
がばっと起きたアッシュが周囲を見回す。
既に夕陽の姿はなく、窓から見えるのは夜空。
「いっ…!?」
「ガタガタ騒ぐんじゃない。夜の十時だ」
「まずいっ…」
「居候先って、月城家だろ?ちゃーんと連絡しておいてやったぞ。俺様偉いなー」
「…僕、居候してるなんて言ったっけ?」
すっと飛がアッシュの鞄を指差す。
「生徒手帳。そこに緊急連絡先に書いてあった」
「ああ、生徒手帳………」
言いながらアッシュの顔が段々赤くなる。
「…………見た?」
「栗色の長い髪の毛の女の子?」
陸にあげられた魚のように口をパクパクさせる。
「可愛い子だったね、アッシュの彼女?」
「……まだ」
実際は。
彼女に知られていないだけで、僕はそこに彼女の婚約者という立場で居候させてもらっているわけで。
「この番号、彼女に直接繋がる番号だったんだな」
「出たの!?」
「鈴みたいに可愛い声で出てくれた」
にやにやと笑う飛にアッシュは軽く睨みを入れる。
「安心しろ。俺様、年下に興味は無いから」
きっぱりと言い放つ。
その言葉に少々安心してアッシュは真っ赤な顔を隠すようにちらりと飛を見つめる。
日付も変わりそうな頃、アッシュは飛に月城家へ送り届けられた。
執事室やメイド長達の部屋に灯りはついているが、彼女の部屋には灯りはついていない。
時間も時間だ、寝てしまったんだろう。とタカをくくり、裏門についている小さな扉から中へ入る。
「お帰りなさい、アッシュ」
「うわっ…!」
急に声をかけられ、アッシュは不覚にも大声を出して一歩後ろへ後退していた。
「な、な」
「お帰りなさいって言ってるんだけど?」
「た、ただいま」
アッシュがバクバクする心臓を押さえて、ようやく声を振り絞る。
春先でまだ寒いというのに彼女はノースリーブのワンピース一枚でそこに座り込んでいた。
そんなところ、誰かに見られたら「行儀が悪い」と叱られてしまうだろうに。
薄明かりで見れば、微かに震えている。
「九時ちょっと前に、学校のお友達から電話を頂いたの。一緒に宿題をしていて遅くなるからこちらで一緒に夕飯を食べていただきます、って言われたわ。だから、私、ご飯食べたらすぐ帰ってくるって思って」
そこまで言って、彼女はクシュンと小さなくしゃみをした。
「まさか、それからずっと?」
鞄を下へ置き、アッシュは制服の上着を彼女へかける。
「九時ちょっとすぎにね、もう寝なさいってばあやが言ったから部屋へ入ったの。アッシュは多分遅くなるから、って。それで窓から抜け出して…」
「じゃあ、三時間以上も外に!?」
指折り数えた彼女は、えへへとバツの悪そうに笑った。
「……如何に月城家だってもう寝てると思っている君まで気は回らないんだよ!?もし誘拐でもされたらどうするんだ!」
言ってからアッシュは口を噤んだ。
今、言うべき問題ではなかった、と。
最初に「待っていてくれて有難う」を言うべきだった、と後悔する。
雲が晴れ、彼女の泣き出しそうな顔を照らし出す。
「……アッシュなんか、大ッ嫌いよ!!」
着ていた上着を乱暴に投げつけると彼女は家の中へと走り去っていった。
アッシュ自身の銀色の、細い髪の毛が月に乱反射してキラキラと輝く。


翌日、僕は学校を休み、(教官の厭味を明日聞く事になるだろう。家の人には「今日は自主訓練の日なので休みます」と言った)飛の家の前に居た。勝手に入る訳にも行かず、店の前の階段に腰を下ろす。
昨夜は全然寝られなかった。
酒を飲んでここで寝てしまったから、というのもあるが、理由は明確だ。
結局、朝までぼーっとビデオを見たり、本を読んだりしながら時間を潰した。
朝、彼女のお父さん(将来的にはお義父さんか)に「宿題は捗ったかい?」と尋ねられ、僕は少し罪悪感を胸に抱きつつも、「ハイ」と澄ました笑顔で答えた。実際、入学してすぐだから宿題はない。
制服じゃなく、アッシュは薄手のワイシャツにジーンズというラフな格好で月城家を後にした。
「あれ?アッシュじゃん。どうした?」
上から言葉が降ってくる。
上を見るとそこには飛が窓を開けた状態で下を覗き込んでいた。
「よく僕だって判ったね」
「俺様、一度見た人は忘れないからな!それに綺麗な銀髪してるし。っと、今開ける。裏ぁ回ってくれよ」
言われてアッシュは裏へ回った。ちょうど裏へ回ると同時くらいに裏のドアの鍵が開く音がした。
寝起きの飛は不機嫌な様子も見せず、アッシュを出迎えてくれた。
二階、行ってて。
それだけ言うと飛は洗面所へ消えていく。
階段を上り、部屋へ入るのにドアを開くと春風が窓から一陣吹き抜ける。
窓の前の机の上には昨日と同じ、飛の母親の写真。
アッシュの彼女を好きという形は違えど、飛は母親が好きなんだろう。
今朝、彼女は部屋から出てこなかった。
彼女のお父さんやメイド長や、他のメイド、それこそ執事、ばあやまで総出で彼女を部屋から引きずり出そうとしたが、それも無駄な行為だった。
完全無視。
部屋の中で彼女は泣いているんだろうと思っても、僕にはどうしようも出来なくて。
階段を飛が上る音でアッシュは現実へ戻ってきた。
「昨日の今日で登校拒否か?」
「冗談。…ちょっと昨日ヘマしちゃってね、学校何か行きたい気分じゃないんだよ」
「ヘマ?」
クローゼットから中国系の闘技服のような服を取り出すと飛はさっさと着替える。
「…昨日帰ったら、彼女が外で待ってた。僕はお礼を言う前に、詰ってしまったって訳」
「あー、そりゃアッシュが馬鹿だわ」
少しむっとした顔をしたアッシュに飛はトドメだといわんばかりに言葉を放り投げる。
「同情して欲しいのか?違うだろ?今、お前が欲しい言葉は同情じゃないだろ?同情して同じ痛みの疵何て有り得ない、疵を舐めあってりゃ友達って呼べるのか?」
ベッドに寄りかかるように座るアッシュの頭を撫で回す。
「違うだろ?本当は俺様に懺悔を聞いてもらいたくて、此処に来たんだろ?」
「飛…」
大嫌いといわれて、僕は多分、彼女をどれだけ好きか知った。
「謝ってくればいいじゃないか。間違いは修正できるから間違いなんだからさ」
烏龍茶を飲みながら、飛はじろりとアッシュを睨む。
「…今の内に謝らないと本当に謝りたい時に、その人って居ないもんだぜ?」
「…うん」
「ちょっと待ってろ」
足早に飛は店の方へ降りていく。
「これやる」
「は?」
「アッシュにじゃない。お前の彼女にやる」
綺麗にラッピングされた箱を飛はアッシュの手に握らせる。
「俺様が趣味で作ったもんだから、余り上手じゃないけど。それでも、俺様、お前達に祝福あれと思ってるんだ」
ふっと顔をあげて、飛は優しい瞳を向ける。
「俺様の生まれて初めての友達だからな」

箱の中身は硝子で作られた、花だった。
僕はそれを割らないように持ち帰り、昨日と同じように裏門から中へ入る。
一直線に。
花壇の花達を踏まないように注意して、僕は彼女の部屋の窓をノックした。
暫くして、カーテンを揺らして顔を覗かせた彼女に頭を下げ、僕は許しを請う。
ここの家に居られなくなる事よりも、彼女に許されないほうが辛い。
飛が作って渡してくれた硝子の花を彼女に手渡すと彼女は一瞬、戸惑った表情をしたが…僕を許してくれた。


数年後。
飛の親父さんが亡くなったり、飛が店を継いだり、僕がタークスへ入ったりと色々あったにも関わらず、僕達は以前と変わらず、いや、以前より逢う階数は増えていた。彼女には、まるで恋人のようね。とからかわれていたが、僕は否定も肯定もしなかった。ただ、彼女には飛の名前は教えていなかった。
タークスへ入ったはいいが、住む部屋が見つからず、結局は学生時代と変わらず月城家へ厄介になってた。
「いらっしゃいませ」
裏からではなく、客として店へ入る。
「アッシュ」
「今日は客としてきたんだ、飛」
黒スーツに身を包み、出会ったときより遥かに精悍な顔つきになったアッシュは飛の前で穏やかに笑う。
「このマイクロチップを隠せるだけの大きさを持つダイヤでネックレスを作って欲しい」
「……馬鹿か?」
「まあ、そう言わないでくれ。僕は、僕よりも彼女が傷つくかも知れない事態を恐れているんだ」
魔晄に晒された因果とでも言おうか、アッシュの綺麗な銀髪は色をつけれない程に細く、そして色は透明に近い色になっていた。
アッシュはその髪の色を茶に染め、銀髪であった時代を隠すかのように綺麗な茶髪にしていた。
「僕はこれから神羅の上層部を告発すると思う」
飛は別段驚かない表情をしていた。
「コピーした、この一部本物の書類を持ってね。…僕にもしもの事があったら、彼女にこのマイクロチップを渡してもらいたい。そんな事がないようにっていう僕の祈りだ!……これさえあれば…いや、これと月城家のバックアップがあれば、彼女は無事に生きていける」
こんなものが表舞台に出なければいい。
「…判った。任せておけ」
「有難う」
「まるで形見だな」
マイクロチップを丁寧に包み、金庫の中へしまう飛を見てアッシュは少し遠い目をした。
「ああ、そうだな。…僕はタークスへ入ったことを少し後悔しているんだ」
「後悔?」
「……ああ。後悔している。そして……僕が気付いてしまった、魔晄の危険性。彼女に言い残した言葉。僕に何かあったら、どんな手を使ってでも神羅へ入れ」
「!?」
飛は驚いた様子でアッシュを見た。
立ったままショーケースに寄りかかったアッシュはその視線を真っ直ぐに受け止める。
「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、お前そこまで馬鹿だったのか…」
「なあ、飛。僕からの最後のお願いがあるんだ」
にっこりと満面の笑み。
それは、出逢った時と同じ笑顔。
「僕が殺されたりしたら、相手のことを恨まないでやってほしい。相手だって、上からの命令ってやつで僕を殺すんだからさ。
それから、彼女を手伝ってやって欲しい。あの子は優しい子だから、人を恨む事が出来ないと思うんだ。…そんな時、誰かが傍で支えていてあげないと倒れちまうだろ?」
告発する来る日のために、僕はそれこそあらゆる手段を用いて彼女を護ろうと画策してきているんだ。
「…飛なら、彼女を任せてもいいよ」
「馬鹿か。俺様はお前の結婚式に出て新郎新婦の指輪を作るのが、俺様の夢だ」
「ああ、そうだったな」
数ヶ月もしないうちに。
彼は、予言ともとれるあの言葉通りに亡くなったわけで。
「 」
「飛」
俺様はアッシュの言葉通り、彼女を手伝う事になった。
あの日以来、アッシュに関わる事で彼女の涙を見ていない。
墓参りをする姿も。
アッシュが遺した部屋も。
全部、全部。
「……」
大丈夫。
俺様、約束はきちんと守ってしまうタチだから。

FIN