Want to convey a feeling of thanks


小鳥達が鳴く中、は目を醒まし、あたりを見回した。そこは見慣れている自分の部屋ではなく、もっと豪華なベッドの天蓋だった。
「え?」
何故、天蓋があるんだろう。
目を擦りながらは周囲をもう一度見回す。
昨夜、次の日休みという事でと飲みに行ったところまでは思い出した。
「おはようございます、様。お目覚めは如何でございますか?」
が起きたのをどこかで見ていたのか、というくらい絶妙なタイミングでメイドが中へワゴンと共に入ってくる。着ていた黒スーツはクリーニングに出されたのだろう、クローゼットの中に納まっていた。
「どうぞ、今朝の紅茶はミントティーでございます」
鼻腔を擽るミントのいい香りに半分寝惚けていたの頭は一気に覚醒への階段を駆け上った。
幸い、二日酔いにはなってなく、出されたミントティーの御陰ですっきりとした目覚めを迎えられた事は言う間でもない。
飲み干し、空のカップをメイドへ渡す。
「あの、は…」
「お嬢様でございますか?申し訳ありません、私、お嬢様付きではございませんので判断しかねます。もし、お急ぎでございましたらお嬢様付きのメイドに確認致しますが、如何なさいますか?」
前々からレノに「の家は半端じゃない金持ち度合いだぞ、と」等と聞かされていたがよもやここまでとは…。
思わずは絶句した。
「いえ…そんな急ぎではありませんので」
かしこまりました。とメイドは言うと部屋を出て行った。
スーツに着替えようとクローゼットの前に立つ。
「失礼致します」
「は、はい」
「お嬢様より、着替えられるならこちらに、と仰せつかってございます」
さっきの人とは違うメイドがピンクのワンピースを持ってそこには居た。遠目からでも判る、高そうな生地で作られたワンピース。
躊躇していると音もなくメイドはの傍に近づき、パジャマに手をかける。
「着る着ないはの判断に任せるように言ったはずよ。本人の好みの問題なのだから」
呆れたように言い放ったのは紛れもなくだった。
涼しげなノースリーブとミニスカートに着替え、いつも見ているスーツとは違う雰囲気を醸し出している。
「スカートが嫌ならパンツもあるわ。彼女に言いつけて頂戴」
にこやかには言う。
「何か食べれないものはあって?」
「特に」
「判ったわ」
パタン、とドアが閉まる。
差し出されたワンピースを受け取るとはにっこりと笑う。
普段、レノや自分と一緒に騒いでいると生家に居るとではあそこまで受ける印象が違うのか、と少し怖くなりながらもは渡されたワンピースに袖をとおした。誂えたようにぴったりとした、ややノースリーブに近い袖のワンピースはの金色の髪に映えた。
着替えたのを確認するとメイドは食堂へ案内します、との数歩前を歩く。
同じく準備されていたローヒールのサンダルでもわかる、踏み心地のいい絨毯の上を歩きながら、進行方向に向かって左側に設置された大きなガラス窓から見える中庭を見ながらメイドの後ろをくっついていく。
の生家は中庭を中心としてぐるっと一周出来るように作られた母屋らしい屋敷が一つと、あといくつかの屋敷が敷地内に建っていた。
ぐるっと一周出来るといってもが今立っている場所から中庭をえて反対側の廊下は見えない。
(…このお屋敷の中の部屋を覚えてるんだから、メイドさんとかって凄いんだ…やっぱり)
一つ目の角を左に曲がり、右手に広がる広い間取りの屋敷になっている事には気付く。
正面から見た時、後ろに屋敷が延びているとは気付かなかった。
重々しい扉が開かれ、そこにはが居た。
「似合うわ、とても」
「有難う」
広いテーブルに四脚の椅子。そしてそこに五脚目の椅子が設置された。
「本当ならお父様にも紹介したいのですけど…生憎、仕事で離れているの。今度改めて紹介するわ」
ごめんなさいね。普段、余り多忙じゃない人なんだけど。とは申し訳ないように呟いた。
上座に当たる場所がの父親の椅子なのだろう。
そして、が座り、の向かいに腰をおろす。
一つは母親のだとして、もう一つは……。
聞いていいのか悪いのか、口に出そうとした刹那、料理が目の前に運ばれてくる。
オーソドックスな洋風な朝食だったが、酒で疲れた胃にはちょうどよかった。
他愛のない話に美味しい料理でもう一つの椅子について聞くタイミングをはまるっきり失った。
デザートまで綺麗に平らげ、は口元を拭い、をじっと見つめる。
「ま、マナーがなってないなーとかって思ってる?」
焦ったようには顔を真っ赤にしながら呟く。
「まさか。料理は美味しく食べれればいいと思っているのよ、私。だから、全然気にしない。それに、の食べ方、とても綺麗よ」
「……あ、ありがと」
今回ばかりは厳しい父親の躾に僅かばかり感謝した。
「これから…時間あるならちょっと付き合ってもらいたいんだけど……」
こくり、とはうなずいた。
取り立てて用事もなく、このまま部屋へ戻っても部屋の掃除で一日を費やすくらいしか予定らしい予定はなかった。そのためか、のこの申し入れは非常に嬉しかった。
来てくれる?とが席を立った。
重々しい扉が開き、玄関入ってすぐに上へ延びている階段を上る。
二階からの景色はコスタ・デル・ソルの風景が一望出来、思わずは息を呑んだ。
階段を上りきると右手に曲がり、は真正面にある部屋へ足早に進んでいく。
鍵を取り出し、ぎぃぃ、という音と共に拡がる眼前の景色。
正面には大きな窓とバルコニー。向かって右手にはロフトタイプのベッドとその下には勉強机。左手には大きな本棚が設置されている、何もないといえば何もない、簡素な広い部屋。
「……ま、さか」
「察しがいいわね、。ここは…アッシュの部屋よ」
未練がましいけどまだ片付けられないの、とは乾いた笑いをこぼした。
本棚の前に立つと古いハードカバーの本を何冊か取り出し、ぱらぱらとはページを捲り始める。
本の真ん中が刳り貫かれ、そこに小瓶が挟まっている。
丁寧に取り出すとはその小瓶をへ手渡した。
中には何かの種が入っている。
「……これね、雛罌粟の種なの」
茶色い種が何粒も底にひしめき合うように入っている瓶をはじっと見つめる。
に、受け取ってもらいたいの。育ててもらいたいの。……お願い、出来る?」
「でも…アッシュ先輩の形見なんでしょう?私なんかが貰って……」
ふるふるとは首を左右に振る。
「私じゃ、ダメなの。貴方じゃなきゃ、意味がないの」


帰り道、は小さな植木鉢をいくつかと土を買って自分の部屋への帰路についていた。
ふと目に入った、青く綺麗な花。
「…あの、この花…何ていうんですか?」
「雛罌粟だよ」
「これが雛罌粟……。あの、花言葉とかって判りますか?」
「感謝、だったはずだよ。確か色によって違うんだけど……この青い雛罌粟、買って行かないかい?安くしておくよ。この青い雛罌粟はね、深い魅力っていう花言葉を持つんだよ。青い雛罌粟は貴重でね」
おばさんの口調に圧倒された訳ではないが、は気付けばその青い雛罌粟を抱きかかえるようにしていた。
部屋へ戻り、土と植木鉢を玄関先におくとは青い雛罌粟を持ったままが居るであろう、コスタ・デル・ソルのの生家へと向かっていた。
(…私が貴方に感謝しなきゃいけないのよ…!)
焦る気持ちをぐっと抑えて、は門についているインターホンを鳴らす。
少しして、メイドの声がインターホンから流れてくる。
「私、と申します!さんにお会いしたいのですが!」
『ただいま迎えの者をよこしますので、少々お待ちくださいませ』
現れたメイドに身体検査をされ、案内されるままにはそのメイドの後を歩いていく。
は一階にある自分の部屋で寛いでいた。
?どうかして?」
読んでいた本をテーブルの上へ置くとの姿を見て驚いた表情を見せた。
、有難う」
「何のこと?」
持っていた青い雛罌粟をに手渡す。
「……有難う、
「感謝するのは私の方よ、
貴方が同僚でよかった。
貴方がアッシュの後輩でよかった。
「アッシュがめぐり合わせてくれたのが貴方で本当によかったと思っているの、
「そんなの……」
いつだって一緒に居てくれて。
自分が辛いときに私の応援をしてくれて。
自分勝手で我儘なのに、それなのに。
有難うって言ってくれるのは何故?
「…私、あの花、綺麗に咲かせてみせる……。そうしたら…一番に貰ってほしいの」
「ええ、いいわ」
「有難う…大好き」
ゆらゆらと中庭の花壇の中心で雛罌粟の花が風に吹かれていた。

FIN