We save it by all means
そのニュースは神羅カンパニーを奮わせた。
そして、ニュースや世論を聞いても顔色一つ変えないルーファウスの顔色を変えさせるのに充分なそのニュースは極秘に処理されようとしていた。
「家の一人娘が誘拐された」
というニュースの後にルーファウスによって付け加えられた命令があった。
「傷一つつけずに、生きたまま、奪還せよ」
タークス本部。
その中は緊張に包まれていた。仏頂面で上から回ってきた、誘拐事件に関するファイルに目を通し、深々と溜息をつくヴェルドを見て、アッシュも同じように溜息をつく。
自分の婚約者が誘拐されて楽しい気分になる人間は居ないであろうが。
「……相手側から、魔晄炉停止以外の要求はあったのか?」
「何もないみたいですよ。今、1st以外のソルジャーが見張っていますが、何も報告はありません。
……副社長の命令で絶対に手を出すなって言われてるからでしょうかねー。大人しく傍観してるみたいです。…ソルジャーも、軍も」
「今の神羅が家とトラブルを起こしたら一たまりもない事を副社長はわかっているという事だ。それ以上に世界の群集を相手にして神羅が無事で居られるわけがないと思っているのだろう」
それだけ言ってヴェルドは困ったような表情を浮かべた。
「しかし……タークスで極秘裏に処理しろと言う気持ちはよく判る。だが、どうしろというんだ」
無事なのかどうかもわからないこの状況で。
この数年後、タークスでエースと呼ばれるレノもルードも居ない、この状況で。
「一人、居ます。この状況を打破するであろう人間が。……神羅の社員ではないですけど」
「誰だ」
「飛=流華。………マフィアのボスです」
三十分もせずに派手にタークス本部のドアは開かれた。
漆黒の髪に、髪と同じく漆黒の切れ長の瞳。東洋系のその青年は不機嫌そうにその場に立っていた。
「アッシュ」
「飛!悪かったね、いきなり」
「全くだ。お前の知り合いじゃなきゃ俺様指一本動かさんぞ」
はん、と小さく呟いて飛はゆっくりと周囲を見渡し、ヴェルドににっこりと微笑んだ。
「始めまして。飛=流華と申します」
緩やかに微笑んだこの青年が本当にこの状況を打破する事が出来るのか、とヴェルドは正直戸惑った。
「状況はどうなんです?何か際立ったこととか、あったんですか?」
「魔晄炉停止。それ以外、今のところは何も要求は無い」
「判りました。それならここに居たって仕方ありません。
……行こうか、アッシュ」
「何処へ行くつもりだ」
「決まってるでしょう、現場ですよ。
……アッシュと、神羅、そして世界の大事な人を救いに、ね」
裾の長い闘技服を翻して、飛はタークス本部を出て行った。
神羅カンパニーのビルの入り口、まん前に置かれたその車は明らかに飛のものだった。
警備員達が不審なものを見るように上から下からじろじろとそれを見ている。
しかし、その視線を気にする事なく、飛は運転席に乗り込んだ。そして当たり前のようにアッシュが助手席に乗る。乗った瞬間にダッシュボードから折りたたまれた地図を取り出すと簡単に「北へ走ってくれ。道順はその都度説明する」とだけ小さく言う。
シンプルに作られたスポーツカータイプの真っ赤な車の中に流れている音楽を停止させると飛は小さく溜息をつく。
「策はあったのか?」
信号でスピードを緩やかに落としながら飛は呟いて、煙草に火を点ける。
「ない。あったら苦労しないさ」
「だろうな」
嫌な男だな、とアッシュは冗談めいて言う。
「ああ、そこを左に入ってくれ。道なりに走ったら廃墟寸前のビルが見えてくるから」
「おう」
音も無く滑るように走る車を。
誰も見ては居ない。
廃墟寸前というよりはもう既に荒れ果てた廃墟のビルが見え、飛は車を離れた場所の裏路地に停めた。誰が見張っているか判らない、この緊張感の中、楽しそうに飛は笑う。
「武器はまた鉄扇?」
また、の部分に力を入れてアッシュは呆れ半分、呟いた。
「まぁ、これが俺様の武器だから仕方ない」
「防弾チョッキは?」
「いらん」
「いらん…って相手は…!」
「そんなもん着てたら重たくて動けん。……死んだら盛大に葬式を頼む」
死ぬつもりなのかよ。
小さな声でアッシュが呟くと飛が一瞬きょとんとした顔をした。
「死なないよ、俺様は」
にっこりと笑ってそういった飛の表情は。
……誰よりも妖艶で、そして、誰よりも色っぽく見えた。
「さぁ……いこうか」
ほぼ同時刻、廃墟と化しているビルの中ではある意味壮絶な戦いが行われていた。
「いい加減にして下さるかしら」
ビルの中でも綺麗な部類に入るのであろう部屋に一人で放置されたが苛々した口調をぶつける。
「何が目的だか知りませんけど、本当、いい加減にして欲しいわけよ!」
がんっと鉄のドアを蹴る。
ここに放り込まれてどれくらい経ったのだろう。一日は経過していないのは確かなようだった。
扱いはきちんとしている。
縛られることもなく、ただ、大人しくここに居てほしいといわれ、は大人しくここに居るのだ。
「ちょっと!私、喉渇いたんだけど!!」
それだけ叫べば当たり前だ。
という誰かの言葉が聞こえてきそうだが、はそれだけ言うとソファに身体を投げ出した。
ぼすん、と音とともに埃が舞い散りそうなほど、ぼろいソファだが埃だけは舞わなかった。
暫くして、ドアが僅かに開き、お盆に載せられているのは数種類の飲み物だった。
水から炭酸飲料、果ては酒まである。
「酒なんか要らないわよ!」
氷の入れられたウィスキーグラスに炭酸飲料を注ぎ、喉に流しながらこの誘拐事件の行く末を案じていた。
「…よっ…!」
「お見事お見事」
「あのなぁ…お前もちょっとは働けよ、アッシュ」
鉄扇を持った状態で男を殴り倒し、騒がれないように縛り上げた状態で飛はビルの裏口に転がした。
「僕、体力ないからねぇ」
「体力の問題じゃねぇだろ」
ぎぃ、と軋んだ、嫌な音を立てながらドアは開く。
幸い、壊れかけ、壁にあいた穴の御陰で日中の今の時間、照明に困ることはなさそうだった。
真っ直ぐと伸びた廊下に人気はない。
「上かな」
「多分ね」
「…ちっ、さっきの男に聞いておきゃよかったぜ」
歩くたびにみしみしと音のする階段を一段一段登っていく。
途中の階も見渡していくが、何の変哲もない、普通のビル(いや、廃墟と化している時点で普通ではないが)
「…おかしくねぇか?」
最上階まで階段一つというところで飛がぽつりと呟く。
6階分の階段を登ってきて息一つ乱れていないアッシュが、同じく息の乱れていない飛を見る。
「見張り、だろ?」
「あぁ。いくら、神羅が規制かけてるっても、見張りの一人や二人、置いておくもんじゃねえ?」
鉄扇を手で弄びながら飛が呟く。
「とりあえず、行ってみれば判るんじゃない?」
何故、魔晄炉停止なのか。
ドアに聞き耳を立てると中からはぼそぼそと話す声が聞こえる。
刹那、
「何してやがる」
背中に感じる鉄の筒に、一瞬表情を曇らせ、アッシュが手をあげる。
「さぁ?」
「お前も手をあげるんだ!その武器をこっちに渡してからな」
「へいへい」
差し出された手に鉄扇を渡すわけもなく、にっと笑いながら飛が思い切り鉄扇を投げつける。
蛙が押しつぶされたような声を出し、男がもんどりうったのをアッシュに銃を突きつけていた男がアッシュから目を離した。
その僅かな時間に。
アッシュが相手から銃を奪い取り、もう一人の男の銃もゆっくりと取り上げる。
「本気でヤる気があるなら、さっさと殺さなきゃダメだよ?」
怖いことをさらりと言うね、と飛が呟いて、男の顔にめり込ませた鉄扇を手に取り、腰にさす。
「それ、何キロあるわけ?」
伸びている男をそのままに、もう一人の男の鳩尾を鉄扇で一発殴る。
「……20キロ……くらい?お手製だし」
「あっそ…」
それを汗一つかかずに持ち歩き、あまつさえ振り回しているその体力にアッシュは苦笑した。
目の前のドアに隙間が出来る。
「おい、何があった?」
倒れている男を見つけ、ドアの隙間が大きく開き、中から男が一人出、倒れている男に近づいた。
背後から近づき、後頭部にアッシュが銃を突きつける。
「ボスは中かな?」
にーっこりと人のよさそうな笑みを浮かべ、アッシュは答えない男に答えを要求するかの如く、銃の先を強く押し当てる。
「飛、行っちゃって」
「了解」
中へ入り、広い部屋の奥にあるドアに飛は目を向ける。
その前に置かれた、トレイとぼろぼろのソファ。そのソファにどかりと座っている一人の男の姿があった。
飛の姿に気付くと小さな溜息をつく。
「アンタがボス?」
「そうだが」
モスグリーンの瞳に栗毛色の髪の毛を短くそろえた男の声は存外に若かった。
それに驚きながらも飛が腰にさした鉄扇を取り出し、広げずに閉じたままの状態で握り締める。
「君は神羅関係者かい?」
「間接的には、ね。だが、生憎とここには話し合いに来たんじゃないんだ、俺様」
「じゃあ、交渉は決裂…なのかな?魔晄炉は止めてもらえないんだね」
その言葉に飛は薄ら寒いものを感じる。
「…君ともお別れ、かな?」
男がソファから立ち上がり、徐に何かを構えた。
ぱしゅ、と音が響く。
「…な!?」
咄嗟に鉄扇を開き、前方をガードするとキンキンと小さな音が飛の耳に届く。
続いて瓦礫の上に落ちる、小さな針。
「ニードルガンとはまた……」
「この距離だからそれで防げたんだと思うけど……至近距離から喰らってみるかい?それ貫いて腹に風穴が開くよ」
細かい針を無数に飛ばす。
厚さ数十センチのコンクリートや鉄柱でさえ、一瞬で穴を開けるという威力に飛が思わず冷や汗をこぼす。
男のいっていることに間違いがないだけに飛はある程度の間合いを取るために後ろへ後ずさる。
「何故魔晄炉を!?」
「理由なんてないさ」
男の履いているブーツの音が響く。
「じゃあ、何故…彼女を誘拐した?」
「人質が居たほうが踏み込まれないだろう?うまくすれば逃げる時間も稼げる。そう思ったからさ」
「実際、踏み込まれてるじゃねぇか」
「あぁ…そうだね。鼠2匹も退治できないような奴らは元々不要だよ」
くぃ、と親指で男は背後のドアを指差す。
「あそこに人質の彼女は居るよ。僕を抜いていけるなら彼女は差し上げる」
「差し上げるってなぁ…。彼女は人間で、モノじゃないだろうが」
確かに。
眼前の男をどうにかして交わすことが出来ればドアまでは約一歩。
上手くドアを開けれたとしても、ニードルガンで背中を打ち抜かれるのは必至。つまり、彼女を助け出し、且つ、自分も安全にここから脱出するには男を眠らせるか、殺害するかのどちらかしかなかった。
(…話し合いに応じるよーなタイプじゃなさそーだし)
ぱちん、ぱちんと鉄扇を何度も開いたり閉じたりする。
背中のドアがぎぃ、と軋んだ音を立ててかすかに開く。視線だけでそちらを見ればなんて事はない。アッシュが「まだ終わらないの?」という視線で飛と男を見ていた。
「やるしかないかー……」
取っていた間合いを自ら縮め、飛は男に向かって真っ直ぐに駆け寄り始めた。
「自ら的になって後ろの男に手柄を譲るのかい?」
卑屈な笑いをこぼして男は飛の心臓部にニードルガンの照準を合わせる。
手を伸ばせば男の服か身体か。そのどちらかに手が届くであろう間合いになった瞬間に、ニードルガンが嫌な音を立てた。
「…っ」
思わずアッシュが息を飲む。
「グッドラック」
肩に手をかけ、飛ぶ。飛んだ拍子に服の裾が嫌な音とともに消し飛ぶが、気にせず飛は男の背後に降り、振り向きざまに男の首に鉄扇を叩き込んだ。
「生きてるの?」
「多分。死なない程度に殴ったから…」
顔に手を翳し、息がある事を確認する。
安どの表情を浮かべ、飛がゆっくりとドアを開けるとソファに座って不貞腐れた表情をしていたが居た。
「誰?」
「アッシュの…知り合いですよ、お嬢さん」
「アッシュ?アッシュが来ているの?」
ぱ、と顔が華やかになる。
「アッシュ!」
「、怪我はなさそうだね。…怖かったかい?」
「大丈夫よ」
問題ないわ、とは言う。
「お礼なら僕じゃなくて飛に言うんだよ。僕は何もしてない」
「飛…さん、有難う」
少しだけ飛は戸惑って。
それから、ゆっくりと微笑んだ。
「どういたしまして」
結果、無傷で奪還せよ。というルーファウスの命令どおり、は無傷で家へと帰り、アッシュはプレジデントを始め、各場所から絶賛を受けた。
その都度、自分ではなく、友人がと言う言葉を発してきたがその言葉は一度も公に出ることはなかった。
ルーファウスやプレジデントがもみ消したのだろう。
飛は笑って「俺様、表で生きれる身じゃないから気にするなよ」と言う姿が心苦しかった。
結局、魔晄炉も停止にならず、人質だったが強く所望したという事で男を始め、手下は無罪放免となったのを飛はアッシュから聞いた。
飛がにこの事件の時から実は好きだったと告白するのは、これから数年後の事である。
FIN